ライ麦狼の寝床

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トロイの木馬が検知されました

DATE: 2012. 05. 26 CATEGORY: トルコ旅行
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という事でダーダネルス海峡を渡って、アジア側へ上陸。
アレキサンダー大王とかイスカンダルとかライダーとか呼ばれている人が、BC334年あたりに越境進軍したルートと同じ。ヨーロッパからアジアへ侵略ですよ~。

バスごとフェリーで渡った後は、そのままトロイアへ向けて進撃です。
そう、トロイですトロイ。
ギリシャ神話とか興味無い人でも、その名前は聞いたことがあるでしょうし、「トロイの木馬」といったら、ご使用のパソコンの中を探したら、10や20も検知出来ちゃったする、あのトロイです。
そのトロイアがかつて築かれた場所を目指して、乾いた道を進んでいきます。


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海峡の幅は対してなかったので、上陸した途端に風景がガラッと変わる…というほどのモノはありませんでしたが、なんとなく町や周囲の雰囲気はちょっと変わってました。
ヨーロッパ側は、海と山や丘陵地域が近い気がしましたが、アジア側は乾いた田園地域が、平らに続いている感じです。町の色彩も、ちょっと地味になっていた気もします。




上陸してから少し走って、伝説の古代遺跡に到着です。

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到着早々、トロイの木馬が検知されました。

割とでかいです。中に人が入ることのできる構造(そうでなきゃ、トロイの木馬の意味がない)で、人との対比をしていただければ、その大きさを実感して頂けると思います。

………もちろん出土品でも、それを修復したモノでもございません。
こんな木製構造物が、3000年以上もも残る筈もなく、イメージで再現したモニュメントです、はい。
ちなみに映画トロイで使われたセットは別の場所にあるとのことです。


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今回のトルコツアー全般でガイドしてくださったガイドのメティンさんに、遺跡の説明を受けている所です。
トロイに限らず、遺跡や歴史に関わる場所は、見学前の事前情報と、ある程度の知識は必要ですの。それは歴女のたしなみでしてよ。
…と言っても、ライ麦狼も配偶者の人も、事前情報は怪しいレベル。…ガイドブックはさらっと読んではいましたが、トロイア戦争というと、神話と歴史と和製ファンタジーがどっちゃり混ざったチャンプルー状態
メティンさんの解説に、「え、そうだったの!?」と反応していました。



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写真でも解るとおり、"遺跡"であり、かつて都市があった名残が広がっています。
真新しい手すりや木道、観光客が歩きやすいように整備された部分も多いですが、滅んだ街の残証が横たわっているだけ。美術的な遺物も見当たらず、古い石垣が迷路の様に取り囲んでいます。
それでも、メティンさんの案内や事前情報のおかげで、色々と楽しめますよ。

ここがかつては海に面した港町だったとか、トロイアは海運の起点でもあり、海賊行為や海軍の拠点でもあったとか、ギリシャ神話のトロイア戦争はNTR的な憎愛劇ではありますが、歴史上の戦争の発端は、地域の制海権を制圧するための口実っぽいとか、

因みに、神話のトロイア戦争の流れはこんな感じ。

この戦の起因は、『キュプリア』に詳しい。大神ゼウスは、増え過ぎた人口を調節するためにテミス(秩序の女神)と試案を重ね、遂に大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意を固めた。

オリンポスでは人間の子ペーレウスとティーターン族の娘テティスの婚儀が行われていたが、エリス(争いの女神)のみはこの饗宴に招待されず、怒った彼女は、最も美しい女神へ捧げると叫んで、ヘスペリデス(不死の庭園)の黄金の林檎を神々の座へ投げ入れた。この供物をめぐって、殊にヘーラー、アテーナー、アプロディーテーの三女神による激しい対立が起り、ゼウスはこの林檎が誰にふさわしいかをトロイアの王子パリスにゆだねた(パリスの審判)。

三女神はそれぞれが最も美しい装いを凝らしてパリスの前に立ったが、なおかつ、ヘーラーは世界を支配する力を、アテーナーはいかなる戦争にも勝利を得る力を、アプロディーテーは最も美しい美女を、それぞれ与える約束を行った。パリスはその若さによって富と権力を措いて愛を選び、アプロディーテーの誘いによってスパルタ王メネラーオスの妃ヘレネーを奪い去った。パリスの妹でトロイアの王女カッサンドラーのみはこの事件が国を滅ぼすことになると予言したが、アポローンの呪いによって聞き入れられなかった。

メネラーオスは、兄でミュケーナイの王であるアガメムノーンにその事件を告げ、かつオデュッセウスとともにトロイアに赴いてヘレネーの引き渡しを求めた。しかし、パリスはこれを断固拒否したため、アガメムノーン、メネラーオス、オデュッセウスはヘレネー奪還とトロイア懲罰の遠征軍を組織した。

この戦争では神々も両派に分かれ、ヘーラー、アテーナー、ポセイドーンがギリシア側に、アポローン、アルテミス、アレース、アプロディーテーがトロイア側に味方した。



何か思いっきり、戦勝国ギリシャ側のイメージ戦略効いてる感じです。
性格の悪いゼウスが何か企んでいて、人間の醜い部分を強調した上に、NTRな展開発生。…しかも神々も二分しやったよ、というオマケつき。
じゃあ戦争しかけてもしょうがないよね…そんな事を言いたかったのでしょうか…
当時のギリシャはよっぽどトロイアに攻め込んで、制海権を確保したかったのか、…そんな事をされちゃうほど、トロイアが海賊行為を頑張っちゃったのか……、3000年から4000年前の時代に、ホントよくやりますよ。


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気分としては、ファンタジーRPGで、ちょっとだけ経験を積んだ冒険者がいくダンジョンの様な雰囲気です。
昼間の観光でしたが、夜に月明かりで迷い込むのも、オツかもしれませんね。


遺跡周囲はホントに平ら土地で、強い風が吹き抜けてゆきます。
それはトロイアのある場所は、かつて河口だったかららしいんです。
そして、かつてのトロイアが、長い年月をかけて荒廃と再建を繰り返したのも、絶対的なトドメをさしたのも、その河口という立地条件でした。


もともとトロイアは大きな河の河口に築かれて、水利にも海運にも防衛にも便利な場所。
そんな便利な場所なので、紀元前3000年ぐらいからもう集落が作られていたとか。
しかし、便利な河口にはゆっくりと土砂が堆積。
始めのうちは遠浅の海程度だったものが、どんどん汽水・淡水化、干潟や湿地に変わっていってしまいます。
最初のトロイアから、1000~2000年も時代が流れているんです。海流や気候変動だってあったのでしょう。
トロイアの最後の頃には、もう街を支えた海運なんて不可能なほど、港は土砂に飲み込まれ、湿地では蚊が媒介するマラリアが蔓延。
住民は街を放棄して立ち去ってしまったそうです。

冒頭のアレキサンダーの時代には、もう既に完全な古代遺跡。
土砂に埋もれた石垣の基礎と、さら拡大した湿地とマラリア。アレキサンダー大王もこの地を視察したそうですが、流石にこりゃムリだ…と、古代の神話や伝承になぞらえ、この地に街を作るなんて事はしなかったとの事。

…どんだけ荒廃してたんだよトロイア……

さらに言うと、その荒廃具合を調べる事さえ、今では難しくなっています。
この遺跡の発見者として、考古学に名を刻んでいるシェリーマン。
確かに発掘・発見したのは間違いではないのですが、実は発掘がむちゃくちゃ乱雑。
時代ごとに積み重なった多層構造のトロイアの遺跡を、随分と破壊してくれちゃいました。
表層近いあたりしい時代の層を破壊しくさって、目的のトロイア戦争の時代よりも、古い時代の遺跡を見つけやがったのです。
…当時は考古学自体が、まだまだしっかりとした技術や技法がなかったので、仕方ないとは言えば仕方ないですが、
…何度も滅んだ上に、遺跡発掘の段階でも異邦人に破壊され、現在トルコ政府により修復・再発掘中…、

…いったい何回、破壊と再生を繰り返す気だよこの街…


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