ライ麦狼の寝床

このブログはフィクションであり、実在の (以下略

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小説 『工場誘致に伴う水質対策説明会』

DATE: 2006. 08. 16 CATEGORY: 小説



『工場誘致に伴う水質対策説明会』 ライ麦狼




 騙された、それがエレナの感想だった。


 壁に両手を着きうなだれている彼女の名は、エレナと言う。
 二十代後半で少し小柄だ。北欧系の血筋なのか、後ろで束ねた髪は金色。熟練した職人の手による金糸の煌めきと、天然絹糸の滑らかさを持ち合わせている。
 その割には、素朴なドングリを飾った髪ゴムが、意外にも似合っていた。
 そんな彼女は、直ぐ隣で壁に寄りかかっている男に、心底残念そうに振り返りながら、どこか疲れた声で尋ねる。

「ひどいわよユウジくん、・・・・・・これがデートの見所なの?。絶対違うでしょ、これ。
 ねぇ、今日は私が助教授になれた事を、祝ってくれるんじゃなかったの? ・・・・・・・・・どうせ私なんておばさんだから、騙したのね・・・どうせ・・・」
「騙したなんて心外ですよ。ちゃんとデートしたじゃないですか。それからエレナさん、またその自虐にひたるのはやめてくださいよ、
 歳なんて6っしか違わないんですから」
「じゃあ、何でデートの帰り道にここに寄るのよ。ぜったい取材でしょ、これ」

 大まかに言えば”ここ”は、ニューオリンズから90号線を西へひた走り数時間の場所。それなりに大きな河がメキシコ湾へとそそぐ、どこにでもある河口の漁村だ。
 一足速い南部の夏が始まったばかりの5月。海岸沿いにドライブすれば、デートコースとして使えなくもないだろう。
 メキシコ湾岸の残された自然は豊富で、砂浜に湿地に海岸林と、実に変化に富んでいる。
 他にも、南北戦争を描いた映画に登場した、いかにも『古き良き時代のアメリカ』な教会、あと新鮮なシーフードも魅力の一つになっている。
 実際、エレナもそんなデートコースを満喫していた。
 ユウジの運転する日本車の助手席で、他愛のない会話で笑いあい、地元の名物のカニやロブスター、オイスターを楽しんだ。
 途中立ち寄った浜辺では、まだまだイケルと自己判断するスタイルを武器に、ビキニでも持ってきて、ユウジを誘惑すればよかった、などと考えたりもした。
 しかし、具体的に指し示す“ここ“に来た途端に、全てが仕組まれていた事に気付いた。
 村の中心にある漁協の集会所。
 その入り口には、『工場誘致に伴う水質対策説明会』、と無機質なA4サイズの紙が張られている。
 先週、講義持ちの研究員から助教授に昇格したばかりのエレナ。彼女の研究課題は、内分泌撹乱物質と水質改善
 そして、彼女の講義の生徒でもあるユウジのサークルは、かなり社会派の学生新聞。
 となれば、このデートそのものが、遠出する取材の口実だったのではと思いたくもなる。
 もしそうなら、素直にデートだと思った自分は、完全に騙されていた。
 年甲斐も無く、まるで10代の小娘みたいにはしゃいでいた自分が、馬鹿みたいだ・・・・・・。大学内では気軽に話す事も出来ない分、今回のデートでは、無防備なくらい楽しんでいたというのに・・・・・・



 説明会の内容は、酷くありふれたものだ。
 ルイジアナ州の海岸地帯の自治体のほとんどが、数年前のハリケーンから立ち直っていない。
 この漁村も例に漏れず、失業と税収減、そして過疎と高齢化が進んでいる。衰退した漁業よりも、州の指導の工場誘致のほうが打開策として選ばれるのも、よく聞く話である。
 で、持ち上がった話が、河の上流部に農薬工場を誘致することだ。
 
 当然、賛成する住民だけではない。反対派住民という存在が生まれるものだ。
 州政府側は反対派をなだめるために、工場と並行して下水処理場計画を持ち出してきた。
 今回は、その下水処理場について説明会が開かれているのだ。参加者は、州職員と住民合せて20人弱と、あまりぱっとしたものではない。まぁこの人数が、住民の関心度を現しているのだろう。


「もう答えてよぉ、ユウジくんの意地悪っ!!」

 少なくても、デートの場所にはシブすぎる。彼女が不機嫌になるのも無理は無い。
 しかも集会所に漂う臭いが嫌だった。たぶんカニかロブスター漁の漁具の臭いがこもったモノなのだろう。
 だが職業柄この臭いは、ラットの飼育部屋の臭いに似ていると感じてしまう。
 一般人のユウジに言わせれば、故郷のカッパエビセンの香りに似ているそうだ。ラット部屋とスナック菓子が同じ臭いとは、・・・・・・想像したくない現実だ。
 エレナは思う。嗅覚は経験に根ざす物だ。世のソムリエが語る上品ぶった表現など、所詮は高等芸術なみに無用の品なのだと。下戸の彼女は、そう再認識した。

ユウジが、飲みかけのミネラルウォーターのペットボトルの蓋を閉めながら、こちらを見下ろし言った。

「取材は取材でも、え~と、ドライブの帰り道、ふらりとよった芝居の取材ですよ。
 エレナさんも、この芝居を楽しんでもらえれば、デートも取材も出来て、二人ともハッピーじゃないですか」

 二十歳くらいのアジア人で、黒髪の静かな風貌の男だ。
 日本人は痩せていて背が低く、メガネをかけている。そんなイメージはユウジに当てはまらない、『メイドインジャパンのティディベア』とも言うべき、クマを連想する大柄な体格だ。そのくせ常に落ち着いていて、ベビーフェイスな所にエレナは魅力を感じている。

「でも、ちょっと失敗しましたかね。ちゃんとした芝居は、来月に演劇サークルの連中が学内で公演しますから、
 それを二人で見に行きますか? あ、学内だと目立っちゃいますね、どうしましょ」

 ユウジの浮かべる東アジア人特有の笑顔は、彼の風貌と合わさり、優しさだけでなく何所か煙に撒かれる気がする。

「それとも何ですか、モーテルの方がよかったとか。エッチだなぁ」

 エレナは頬そめ無言で殴る。手加減も容赦も無い一撃だ。
 身長差から無防備な鳩尾に直撃。よほど痛かったのだろう、ユウジは素で涙目になる。その涙目がなかなかこの男に似合っており、ついつい彼女は極刑を下す。
 
「次の講義までに、15枚のレポートだからね。テーマは自由でかまわないわよ」
「酷いよエレナさん、次の講義って明日ですよ。それに新聞の締め切りだってあるんですから。無理ですって」
「きみが友達と発行している、学生新聞なんて知ったことじゃないわ」
「そんな事言わないでください、毎回3千部は売れているんだ。州政府だって目をつけるくらいに、人気があるんですから」
「州政府や警察は、問題視しているだけでしょ……?!、まさかまた危ない事に首突っ込んでないでしょうね。嫌よ、またギャングがらみの取材なんかして心配するのは」
「はいはい、大切なエレナさんがいるのに、危ない取材なんてしませんよ。エレナさんに泣かれるのは、僕も嫌ですらから」
「・・・・・・・・・・・・・・・バカ」

 再びエレナはユウジの腹を殴る。でも今度は、あからさまな照れ隠しで、ちっとも力が入っていない。それでもユウジにとっては、身体の憶測に響く一撃だった。




 会場の隅で二人の世界に浸ってやがる彼等を無視して、説明会は進行していた。  
 仮設舞台の上では、州政府側が、下水に大量の空気を送り込めば問題ないと説明している。
 酸素濃度を高めれば、水中の窒素量を左右するアンモニアを減らせる、とでも何処かの専門家から教わったのだろう。アンモニア濃度を示す、フェノール系のカラフルな試薬、図表やイラストまでを持ち込んでいる。
 よほど住民を説得したいのか、慣れない手付きで試薬や器具を扱い、目の前で実験までして説明していた。

「この数値と試薬の色、パネルを見てください。窒素量は激減しています。これからの人口増加に対応する為にも、処理場建設は必要なのです」

 職員たちも懸命だ。彼らは真面目な公僕なのだ。ハリケーンと合衆国政府の政策で荒廃した、このルイジアナを立て直したい。その志に偽りはない。
 住民側もこの熱意と説明に、納得などできなくとも、受け入れしそうな雰囲気である。


 しかし壁際の二人は違う。エレナは不機嫌に眉を八の字にする。

「むー。あの説明って、思いっきりアレよね」
「ええ先生、とってもアレですね」
「・・・・・・もしかし無くても、ユウジくんこうなる事知っていたでしょ」
「いやいやいや、こんな説明があるなんて知りませんでしたよ。だだ、この芝居、アドリブがOKな視聴者参加型とは知っていましたよ。どうしますか先生? 僕がいってきましょうか?」
「……やめて」    
「え、行くな、って事ですか?」
「違うわ」

 仮設舞台へ行こうとした彼をエレナは呟き、呼び止める。不機嫌な表情に、幾分の悲しみを混ぜている。
 一歩踏み出してから彼女は、ユウジに振り返り、彼の喉元にナイフの様に指を突きつける。

「無意識にエレナと先生を使い分けないでちょうだい。大学の外ではエレナって、決めたでしょ」
「っ、……ごめんなさい」

 彼自身気が付いていなかった。つまり無意識だ。学術的な事を話す時は先生。プライベートな事はエレナ。無意識に使い分けていたのだろう。
 本当に済まなそうに誤るユウジ。それを見て、今度はエレナが済まなそうにする。下ろした腕を、所在無さげにして、

「き、気にしないで。そ、そこまで落ち込まれたら、私が困ってしまうわ。それに、学内でエレナと呼ばれて、誰かに聞かれちゃうよりはマシだし、ね、ね。視聴者参加は私が行くから、ここで待ってて」

 彼女は仮設舞台へ歩いて行った。
 現在説明会は、一般質問の時間だ。四十代後半の女性がマイクを持ち、税金の使い道として反対している。エレナは彼女から素早くマイクをかっさらうと、いつもの講義の時のような口調で話しだした。

「テューレーン大学の助教授をしている、エレナ=イーグリンです。研究分野は内分泌撹乱物質、通称環境ホルモンと呼ばれる二環系の物質と、その水質浄化なのですが、ここは専門家として発言させていただきます」

 助教授になったばかりだというのに、助教授をしていると言う彼女。少なくともウソはついていないが、充分ハッタリの範疇に入るのではないだろうか。
 住民も職員の騒然となった。無理も無い。突然の専門家の乱入、しかも二十代そこそこの娘が、助教授だと名乗っているのだ。そんな反応など慣れているのか、エレナは訴える

「住民の皆さん、貴方達に真実は伝えられていません。先程のデータから、アンモニアと窒素量を減らせるとの説明ですが、」

 ここでワザと一句切を付ける。彼女はゆっくりと、州職員の方を睨み付けた。

「硝酸塩のデータを、どうして公示しないのでしょうか」

 彼女の発言に、住民達は静まり返る。職員達も顔を見合わせるが、何かが露呈したという様子ではない。彼らの表情は、硝酸塩について何も知らなかった。そう受け取れる。

「……なるほど、そういう事ね。そのパネルと試薬の出所が黒幕と言う訳なのね・・・・・・。それでは種明かしと進言しましょう。
 確かに下水中の溶存酸素を増やせば、アンモニア濃度は下がります。ですがそれは、アンモニア性窒素が硝酸性窒素に変化しただけ。窒素分を除去したのではありません。形態を変えただけに過ぎないんです」

 そこまで言うと、再び住民達の方へ向き直った。

「形態を変える事で、毒性は幾分下がります。ですが排水量が増えるのですから川の被害は増大。しかも植物は硝酸塩が大好きです。河の植物プランクトンは爆発的に増えるでしょう。
 なにしろ、自然界では時間を掛けてゆっくり進む現象を、迅速にかつ大規模に行うのですから。以上です」

 言う事を言い終えたエレナは。マイクを主婦へ返すと、ユウジのいる隅の方へ戻ろうとする。だがそれを阻むように、住民達ばかりか、職員からも次々と質問がだされた。

 『植物が増えれば、動物プランクトンや草食の小動物が増えるのでは?』 
 『植物が増えれば、光合成で酸素が増えるのでは?』 
 
 などなど。エレナはそれらの質問に、嫌な顔をせず答えていく。


「一部の動物プランクトンは増えるかもしれません。ですが、小動物や魚などは無理なんです。考えてみて下さい、パンの山の下敷きになったら窒息しますよね。
 それと同じで、魚などはエラに藻類が詰まって、窒息してしまうのです」

「植物は光合成だけでなく呼吸もしています。爆発的に増えたとしても、日光に当たれるのは水面の極わずなものだけです。
 他は呼吸をするだけして腐敗します。しかも、腐敗する時に微生物に分解されても、不完全に酸化しても、大量の酸素を消費するんです。
 喩えるなら会社ですね。仕事が限られているのに社員を増やしても、人件費ばかりがかさみますよね。
 さらに、退職金はがっぽり持って行いきます。瞬く間に川が倒産、生き物がいなくなってしまいます」

 その後もいくつも出る質問に、エレナは明解に答えて回った。
 そうしている内に説明会の終了時刻。延長されることはなかったが、住民達の計画反対もしくは改善の意志は、しっかりと決定されていた。
 住民ばかりか、州政府側の職員たちにも。
 










 昔書いたものを手直し、というより擬装してアップしてみました。
夏ということで、自由研究やNHKスペシャルっぽいネタになったらいいな、と掲載してみました。
 ともあれ、皆さんも身近な環境問題に少しだけでも、関心持ってもらいたいですね。


 
 
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