ライ麦狼の寝床

このブログはフィクションであり、実在の (以下略

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「同じ空の下で」  □ 2 □

DATE: 2006. 05. 17 CATEGORY: 小説
 
02/05/21(火)
 
 下手くそなブレーキがかかり、大きく揺れて電車が止まる。本人は悦に入ってるのだろうが、実際はただ効き辛いだけの浪曲みたいなアナウンスに会わせドアが開く。
 四角く切り取られた空間。下車する僕は、乗車客達と肩をぶつけながら、そこを潜り抜ける。
815._fig2.gif


 ここは高校入学以来、ずっと使ってきた最寄のJRの駅。
 予備校生となった今も、いったい何が変ったのか解らないほど、同じ夕時の光景が広がる。
 丁度、首都圏と銘打たれるエリアの端っこだけに、少ない本数の乗り換えのために、私鉄側の駅へ駆けて行く人たち。乗り換える訳でもないのに、元気に階段登っていく人たち。
 変った事といえば、かつて僕は後者であったという事。今は彼等を見上げながら、煩わしく階段を上っていく存在だという事。
 ただそれだけのことだ。
 高校も予備校も同じ路線。僕は電車通学。何も変った気がしない。朝起きて電車に乗って、”学校” へ行き夕方帰るだけ。
 鞄を占領する教科書が同人誌みたいな装丁に変っただけで、中身はイオン化傾向の低い金属みたいに変化が無い。”受験” という二文字だけが、各教科の公式に則って羅列されている。
 変化ではなく、劣化。
 かつて日常にあった友とのじゃれあいも無い。
 諦めていた筈の浪人と言う現実。”現実に押しつぶされる” ならまだ良いのだろう。押しつぶされても体積が変るだけ。質量は変らないし、密度は逆に高くなる。
 僕の症状はまるで、肩甲骨の辺りにへばり付いた蛭の様な現実に、無意味な物に分解・吸収されているようだ。
 日々に現実感が無く、睡夢の様。
 むしろ、気晴らしで徘徊しているネットの方が、妙に現実感や安心感があったりするものだ。
 ROもけっこうやり込んでるかな。
 /kooko/というPC(プレーヤーキャラクター)とも、最近パーティーを組んだりもした。僕のPCはマジシャンで、/kooko/は女アコライト。バランス的には良いのかよく解らないが、二人もしくは臨PTを追加募集して、頻繁にダンジョンに潜っている。
 お互いメールアドレスも交換したが、まぁ、僕のほうから出す気もないし、女性アカウントをト取っていたって、男かもしれない。
 だってその/kooko/は、PC宮代 真駒を見て、

「本名?」

 と聞いてきたんだから。たぶん知り合い連中の誰かなのだろう。
 そんな訳でネット接続時間は、どんどん長くなっている。
 現実よりも形と硬さを持った感覚。ヤバイ兆候とは思う。
 けど、受験も含めて周囲の現実なんか、どうでもいいと感じる。
 未来も現実も、ただ機械的にこなしていくだけだ。
 現実感がなければ、価値だって見いだせない。
 今なら解る。

『仮想と現実の、区別が付かなくなった若者達』

 とか称し、新手の犯罪や素行を分析したがる、正確な情報より噂が好きなオバサン向けワイドショー。あれは間違ってる。・・・番組自体も間違っているんだろうけど。
 異常者と扱われる連中は、区別が付かなかったんじゃない。現実に価値が見出せなかったんだ。
 そんな価値の無い現実なら、無某だったり、乱暴だったりしても構わない。キャンバスになら丁寧に絵を描くだろう。だが落書き張や広告の裏ならば、走り描きになる。
 当人にとって、現実がキャンバスか広告の裏か、そう言う事だ。
 この日々は僕にとって、広告の裏に過ぎなかった。更に今、街は黄や橙、赤の色に染め上げられている。この色使いは丁度、黄色地に赤の、金をかけていない折込チラシみたいじゃないか。
 その極め付けなのだろう、
 改札を出た僕の目の前に、あの小林明日香が現れたというのに、一切の現実感を感じない。
 数ヶ月前に振られた相手。それでも思いを寄せる相手。

「小林」
「おらおら如何してる浪人生。予備校の帰り?」
「ああ」
「ちなみに私は大学の帰り。ふぅん、ちゃんと勉強してんだね、それ赤本でしょ。何所の?」
「科技大」
「ああ、日本科学技術大学。有名な先生いなかったけ、上田先生とかいう物理教授。何か本出してたよね」

 突然現れた彼女が、本当にここにいるのか、僕の意識の産物なのか、判断がまったくつかない。
 ”たぶん目の前にいるであろう”小林は、しきりに僕に訊ねてくる。
 勉強はしているか?、夜ちゃんと寝ているか?、ゲームばかりしていないか?、予備校はどんなか?、理系の受験科目はどんなだ?
 質問攻めが煩わしくなった僕は、

「質問してばかりだな、小林は」
「あはは、そうだね。じゃあさ、真駒は何か質問ある?、スリーサイズとか、あんたの好きなオヤジなのは無効ね」

 質問。
 そんなもの無かった。興味の失せた現実に、訊きたい事なんか無い。あるとしたら過去の後悔。

「三月にふられた理由は、僕が大学に落ちたからか、それとも卒業間際に告白したからか」

 ふられた理由を二ヶ月もたってから尋ねる。恰好が悪い。
 でも、この恰好の悪い質問は、思わぬ変化をもたらす。

「違うよ。受験とか卒業とか、そう言うんじゃない」
「じゃあ、何で」
「違うのっ!!」

 拒絶するように小林が否定した。
 彼女の激しい反応に、僕の中で現実感が芽吹いた。
 正に芽吹き。数ヶ月に降り積もった、雪の様な憂鬱を押し退け、小さな実感が芽を出した。
 今なら言える。

「僕は今でも―――」
「ごめん」

 又してもだ。
 彼女は顔を伏せ、涙と一緒に言葉をこぼす。

「ごめん、・・・まだ・・・ダメだよ。今は、やっぱりダメだよ。・・・まだ早いの・・・ごめん」
「”まだ”って?」

 過去に「もう遅い」と言われたのに、「まだ早い」?
 途惑う僕を置き去り、小林は夕刻の街へ駆ていった。
 現実感の芽は、呆気なくもその瞬間に、もぎ取れてしまった。

 …

 ……

 ………僕は、小林を追いかけなかった。追いかけようとしなかった。

 だってその時は既に、死後硬直したような僕の感情には、現実感なんて無かったから。

 世界はやっぱり、広告の裏なのだ。


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