ライ麦狼の寝床

このブログはフィクションであり、実在の (以下略

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Ragnarok Online SideStory「ペットイーター」 前編

DATE: 2006. 06. 11 CATEGORY: 小説
 夕闇迫る夏のプロンテラ。
 石造りの町並みは昼間の熱を溜め込み、遠くの空の入道雲は見上げる者に乳氷菓を連想させる。それら全てを茜色に染めていた夕日は、もう西の湖に沈み始めている。
 市街地特有の汗臭い熱気をかき分け行き交う人々も、ひぐらしのなく街路樹も、全てが長い長い宵橙の影に縁取られていた。
 それでもここはルーンミッドガルド王国の王都だ。
 大陸随一の大都市だけあって、この時間になっても大通りの人出は日中と変わることは無い。
 そればかりか、家路を急ぐ者と盛り場へくり出す者とが混在し、ペコペコに騎乗したまま通行するのが躊躇われるほどに、人が道にあふれ出す。下手をすれば直射日光の照らす午後一よりも人出は多いくらいだ。
 家路を急ぐ者の多くは一般市民で、盛り場へくり出す方の多くは冒険者たちといった具合。
 ならば冒険者にして女ウィザードのサララは、後者に含まれると思いきや実は前者だったりする。正確には、前者になりたいのになれない悲しい存在だ。
「いつまで悩んでいるのだルファさん。そういったものは、その、私(ワタシ)だって、じ、実用性だけでは無いのは理解できるが、ブランドなど関係なかろう。狩の清算も終ったのだし早く帰ろう」

 平時からのこの硬い口調が、彼女の性格のだいたいを代弁している。
 更にハスキーボイスと、ノービス時代から特に手入れをしていない適当に切りそろえた赤髪、実用性本位の頭装備から、周囲のイメージはもっと強調されたものとなっていた。

「私(ワタクシ)だってブランド志向が良いとは思いませんわ。ですが、コレスにしてもモンゴにしてもエレノアにしても、それぞれのブランドが品質に惜しみない技術がこめられてますのよ」
「はぁ、力説するのはかまわんが、その何だ、も、もう少々大人しい方が良いぞ。……それをいく気か? 紐で留めるのはまだしも、前も後ろも真ん中だけレース素材はヤバイぞ」

 彼女は帰りたくても帰れない。熱心に露店で品定めをする仲間に足止めをくらい、いまだ帰れないのだ。
 いや仲間といっても、狩もその後の清算も済んでいるのだから、いくら同じ下宿の同じ部屋を使うギルドメンバーでも先に帰ってしまっても問題ない。
 問題があるとすれば、露店の商品と、ルファという名前の女プリーストのセンスに問題がある。

「そうですか? 先ほどより面積の多い物をと思ったのですが。う~ん、ではこのようなものなどどうでしょうか?」
「なっ!! 駄目だ絶対に駄目だ、黒地にバラも却下だが、第一にそれは角度がきつ過ぎるばかりか、全部透けているぞっ」
「えぅ~、そんなに否定しなくても良いのにぃ。可愛いのに」

 ルファの選んだ”それ” を毟り取って没収。サララは肺がしぼんで背骨が溶けるほどのため息をした。
 ルファが選んでいるのは、レアなカードでもなければスロット付の武具でもない。各種ブランド物の女性用下着。
 しかも彼女が選ぶものは、あまりに扇情的な魅せる下着…もしくは墜とす下着と言うべきか。同姓のサララから見ても赤面してしまう。

「…あ、あのルファさん、プリーストなのだからどうせスパッツ穿くのだ、下着は何でも良いではないか、な、な」
「ほぇ? 私はGvGの時以外はスパッツ穿いてないですわよ。ほらほら」
「こらっ!! ちゃんと穿きなさい。かなり昔に穿くように御達しが来たであろうに。あなたは何時のパッチあてているのだ? って、それよりも往来で法衣をめくるでないっ。何か白レースに黒チェーンって凄いのが見えたではないか」
「えぅ~、スパッツは可愛くないですし、ぴっちりしすぎてパンティラインが浮き出るのが嫌なんですの」
「確かに浮き出るがしょうがないが、プロンテラ教団からの御達しなのだから穿くべきだ。GvGの時に穿いているのだから、他の時もはき………ルファさん一つ訊いて良いか?」

 サララはあることに気が付いた。嫌な予感というより、確信に近いものがあるが、一言々区切りながらルファに尋ねる。

「先週ルファさんは、GvGでファイヤーピラー踏みつけて盛大に転んだな。失礼かと思うが、その時スパッツもろだしだったのだ。しかし下着のラインが見えなかったのだ。あれは何でだろう?」
「あぁ、あれはちょっとした工夫ですわ。私は少し前に気付いたんですの。サララちゃんだけにお教えしますね」

 誰も知らないとっておきの裏技。と言わんばかりに、いつも鈍器を振り回しているとは思えない綺麗な人差し指を立てて、世話焼きお姉さん全開な笑顔でルファは答えた。

「スパッツを穿いても、下着を穿かなければパンティラインが浮き出ないですの。素肌に直に穿けば、恥ずかしくないですわ」
「やはりそうかこの人はっ!! 何が恥ずかしくないだ、ノーパンスパッツの方が恥ずかしいであろう!!」

 思わずルファの胸ぐらを掴みあげるサララ。
 が、二人のやり取りと、”ノーパンスパッツ” の一言が周囲の目を集めていることに気が付いて、ため息をつきながらも手を離す。
 そんな彼女の頬は桜色に染まっているのは、往来の視線を浴びての羞恥だけではない。

「もう、このような物が下宿に干してあるところをギルドの誰かに見られたら、私までこんな下着を穿いていると思われるではないか」
「あらあら、”もしそれがマスターの耳に入ったら、恥ずかしくてもう顔を合わせられない” ですか? 」
「な、うなななっな、何を言っているのだ、何故にマスターの名前が出てくる。私はただ、品位というか、節度というかだな…っ、何をチャシャ猫みたいな笑いを浮かべている」
「ふふ、むしろサララちゃんもこ~んなの付けてみたらいかがですか? きっとマスターを悩殺できますよ」

 ルファがひらひらと示したばかりか、サララの小ぶりの胸に当ててきたのは、白、赤、黄、の3色の、目の粗いレースというよりメッシュに近いのではという素材を重ね合わせた、シースルーのブラ。しかも同様のボトムとのセット品。この大人な趣味の聖職者の浮かべる笑みは、もはや童話の猫というよりセクハラ親父のそれだ。
 一瞬だがサララは不覚にも、自分が着用および”使用” したシーンを思い描いてしまった。途端、桜色だった頬は一気に完熟した苺色にまで煮詰まっていた。
 このように、彼女の頬が染まる理由にはとっても解りやすい、お年頃な恋心も含まれている。
 サララが仄かに思いを寄せるのは、ギルドマスターのガルデンだ。
 サララより1つ年下ではあるが、ミッドガルド王室から受勲されたクルセーダー。
 攻撃力にやや難が在るものの、一癖も二癖もあるギルドメンバーや同盟ギルドを束ねる立派なギルドマスターだ。性格は不器用で実直。
 今のところギルドメンバーとマスターという関係以上にはなっていないけれど、サララにとっては気になる異性。ギルドメンバーには内緒にしているが、女性陣だけにはバレバレだったりする。
 男性陣にバレていないのは、奇跡というより、こんな楽しい事を男共に教えるのは勿体無い、という女性陣の画策があるからだ。

「その、そ、そのような事出来る訳ない。恥ずかしいし、私の様な胸の無い女がしても似合わない。……そ、それにマスターの趣味も解らぬし」
「確かに殿方の嗜好はよく解かりませんものですわ。”ブルマがいい” や、”スクール水着がいい” 、”縞パンは凹凸がハッキリ見えるからいい” など皆目理解できません」

 ルファが挙げたのはかなり極端な例だ。……………まあ、一部にはそのような特殊思考の男達がいるのも事実ではある。

「あ、あのルファさん、マスターはそんな趣味じゃないと思うぞ。た、多分だが……」
「勿論マスターが、と言っている訳ではありませんよ。世の男性にはそういうヘンタイなかたもいらっしゃる、と言っているのです。まったく、運動着はブカブカの短パン、水着は黒ビキニ、下着はアダルティックが一番だというに」
「ってあんたも充分ヘンタイだっ!! ああぁもうっ、私は先に帰る。あと、これから下着は絶対部屋干だからな、絶対っ」

 もう付き合っていられないと、サララはルファを置き去りに家路へ足を進める。
 と言っても、どうも素直に下宿に帰る気にはなない。感情のどこかに怒りがあり、それをぶつける対象がはっきりしないのだ。
 ルファの下着の趣味。ガルデンへの想いを揶揄されること。纏わり付く夏宵の熱気。
 ……違う、怒りの対象はそんなものじゃない
 気恥ずかしくて、子供っぽい下着ばかり穿く自分。揶揄されたり応援されても、想いを告げられない自分。纏わり付くどころか、魂の中まで滲み込んでくる不安。
 ……これだ、と思うのだが確証なんてない。本当に怒りの矛先はこんなものなのだろうか。
 違う。
 じゃあ何なのかと問われたら、解らないと答えるしかない。だが違うのは解る。
 否定の確証……無いことの証明なんて役に立たない。
 更に言えば、本当に自分はガルデンのことを好きなのだろか………。
 答えの出ない下り螺旋はどこまでも墜ちていく。

「はぁ本当にわからんな。……しかもルファさんが選んだコレをもって来てしまったし、どうしたものか」

 コレとはサララが没収したままだった、黒地に薔薇がデザインされた、角度と透過率の高い下着のこと。気が付けば左手に握ったままだった。
 今更返しにいけないし、このままでは万引きだし、どうしたものか悩むサララ。……いっそ履いてみようか?

「はっ! 私は何を考えてるのだ。このようなモノ恥ずかしくて………誰に見せるわけじゃないのだ、ちょっと履くぐらい……」

 コレを着用して街を歩く自分を想像。思わず赤面する。
 着用したところで、誰もスカートの中がどうなっているか知りもしないのに、サララだけが意識してしまいそうだ。

 ……ひねりのない官能小説に出てくる、下着を穿かずに街を練り歩くプレイじゃないのだから……。

 彼女自身、何をバカなことをしているんだとは解っているが、火照った両頬に冷たい手を当てても羞恥は冷めそうに無い。
 何か今日はもうだめだ、普段は呑まない酒でも喉に流し込んで寝てしまおう。
 そんなことを考えていたら、随分と下宿から離れた場所まで歩いてしまった。
 細い道が入り組んだ、暗い裏路地。
 プロンテラはその都市計画上、環状道路と東西南北の幹道から外れると、途端に道が入り組みこういった路地に迷い込む。
 しかもこの辺りは、旧市街外縁城壁の裏手にある古い倉庫街で、夜間は宿無し者もさえもいないさびしい限りの都市の秘境だ。

「参ったな、この近辺はよく知らないのだがなぁ。とりあえず来た道をもど……――――、マスター?」

 信じられない。
 ついさっきまで想い、悩み、胸を焦がしていたその本人が、目の前の路地から現れたのだから。
 こんな展開は信じられない。でも間違いないギルドマスターのガルデンだ。
 この三文小説並みな遭遇に、流石のサララも恋の前進を期待し再び頬の体温が一気に上がる。なのに、

「サララさん!? ごめん、また今度っ!!」

 ・・・・・・・・・逃げやがった。
 ある意味この展開も信じられない。
 それもグラストヘイムで血騎士を発見した時よりも素早く、ドッペルケンガーに襲われた一次職のごとく全力疾走で逃げだしやがった。
 そしてその傍らには何やら小柄なムナックが寄り添っていた。

「ちょっ、マスター待つのだ、おい。こら待てぇぇ!」

 あんまりと言えばあんまりの事態に、サララは思わず叫んでしまった。と同時に、乙女の淡い期待をむちゃくちゃな方向性で裏切った輩を追撃せんと駆け出していった。






 裏路地をぐるぐると駆け回った、ガルデンとサララの追いかけっこは、日が完全に沈んだ後にようやく決着が付いた。
 細い路地をアイスウォールで封鎖しまくったサララが勝利した。
 いくつもの魔法仕掛けの氷壁が張り巡らされ、夏とは思えない冷気立ち込める狭い路地裏。
 勝者のサララは肩で息しながらも、ガルデンを問い詰めていた。

 何であの路地を歩いていたのか?
 何で逃げだしたのか?
 そして、何で飼ったことも無いペットを連れていて、しかも何故可愛らしいムナック――――人間としての外見年齢は13、14歳くらい――――なのか? と。

 その詰問に、ガルデンはおずおずとだが答える。
 その答えは、

「ぇっーとその。上手く言えないけど、し、仕事なんだ」
「仕事? ほぅ、かわいいムナックとベタベタしながら人気の無い裏路地に入っていくのが仕事なのかね」
「ベタベタってそんな。いやこれは、……キョーツが持ち込んだ、その、ペットイーターを捕まえる依頼なんだよ」
「はぁ~???」

 ペットイーターという噂がある。
 どこにでもあるような怪談。
 『友達の知り合いが』 やら『あくまで聞いた話なんだが』 と前ふりを付けて語られる、そういう話だ。

 ペットを連れたとある冒険者はここ何日か、何者かの視線を感じていた。
 けれど実害もないし気のせいだと片付けていた。
 だがある日の夕方、飼い主が露店を物色している隙にペットがいなくなる。ほんの一瞬眼を離しただけなのに。
 露店の主に聞いても気づかなかったと、ただ、『何か白いものが横切ったような……』とだけ。
 慌てて辺りを探す飼い主だが、ペットの姿はどこにも無い。
 気付けば路面に点々と続く、小さな血痕。まさかと思いそれを追う。
 進むにつれ血痕は段々と大きくなり、形も点というより、何かを引き摺った後に変わり始める。
 首筋を這い上がる恐怖に魅入られ、裏路地へ踏み込むと、そこには―――

「喰いちらかされたペットの亡骸というパターンと、人間型のモンスターがいままさにペットをお食事中というパターンの、アレだというのか?」
「うん」
「なるほど理解した………どうやらマスターは死にたいみたいだとな」

 サララが一気に間合いを詰めて、ガルデンの懐に入る。
 まるで熟練のアサシンのような、相手に予測も反応させない踏み込み。重心移動と連動した両腕がガルデンの首を捉えた。

「言うに事欠いて、そんなホラ話を言うのかマスター。単にペットとイチャつきたいだけであろう。どうせ、どうせ、私など」
「ちょ、苦しい、首絞めないでよサララさん」

 サララは、ガルデンの発言など問答無用で一蹴。嫉妬のこもったドス黒い握力が、確実に首を締め上げていく。
 目の前で繰り広げられる ”ザ・痴情のもつれ” なやり取りに、果敢にもムナックはサララを止めに入いる。
 テイミング時に凶暴性を失ったためか、魔物とは思えぬサララよりも非力な力で、暴れる女ウィザードの腕にしがみ付き、一言。

「ご主人様をいじめないで下さい」

 サララの時が止まった。
 赤イモ峠や時計塔2階で修練を積んだ魔法使いなら、誰もが経験が在るであろうあの感覚。
 ムナックはたった一言で、あれを再現して見せた。

「…………ご、ご主人様……、マスターあなたは漢だ。ペットにそんな呼び方をさせるプレイを」
「プ、プレイって何? こう呼ぶんだって、ムナックは飼い主をこう呼ぶんだって」
「では、私もご主人様と呼べばよいのか、呼んだら進展するのか、ペットになれるというのか? あ゛っ!?」
「サララさん、こっちの話聴いてないでしょっあ、――あ゛ぅあ゛ぅ、―――せば…っ、――っ、――れ」
「だからご主人様をいじめないで下さい。首をぎゅうってしたまま前後左右に激しく振らないで下さい。あぁぁそんな首が曲がらない筈の向きに、角度が、角度がっ」

 瞳を潤ませ必死に訴えかける、健気なムナック。
 その叫びもむなしく、ガルデンは白目をむいて崩れ落ちた。
 全身の力が抜け、真後ろに倒れこんでしまう。もしヘルムを頭に装備していなかったら、後頭部を石畳に殴打していただろう。
 夜のプロンテラの裏路地で発生した、INT ・ DEXの2極ウィザードが素手でVITクルセーダーを沈めるという、前代未聞の事件。
 事件の犯人は、目撃者に向かって、

「五月蝿い!! マスターは頑丈だから、首が60度くらい変な方向に稼動しても大丈夫なのだ」
「頑丈って物じゃないんですから。その、ご主人様は大きくてたくましいですけど、こんな首の向きはやっぱり不味いです、しかも60度以上変な方向です。ああ白目、白目です、ほら」
「ええぃ、それよりさっきから、ご主人様、ご主人様と、何処ぞのメイドみたいに呼びおって、その呼び方は辞めぬか」
「ご主人様はご主人様なんです。優しくて、格好良くて、大好きなご主人様なんです」
「……くっ」

 自分では恥ずかしくて、決して言うことのできない台詞の数々。
 それを連呼するムナックを前にして、サララは自分の歯止めが効かなくなっていると自覚する。
 そう…自覚はしている。
 けれども、押さえ切れない感情は加速を求める。
 腹の底にゆらゆらと昇る、重油質な正体不明の気持ちが急き立てる。
 段々と、段々と、自分でも解るくらいに感情が加速していく。
 一歩も怯むな。
 容赦など不要だ。
 奪われてなるものか。
 ついにサララは、ガルデンの発言の真偽とは関係無しに、無意味に力の篭った視線をムナックに投げ下ろした。

「いい加減にせぬか、何が大好きなご主人様だ、所詮は“スリコミ“ ではないか」

 ああ、言ってしまった。
 加速する感情の後の方で、比較的冷静だった部分が罪悪感を触媒に後悔する。
 とたんその部分は冷たく、重く、暗く、震えだしている。
 今頃になって、ここまでムナックを敵視するのは、嫉妬なのだと気が付いても遅い。

「スリ……コ…ミ? 」
「ああそうだスリコミだ。卵から孵化した生き物は、自分より大きく、動き、音を出す物を親だと認識するように出来ているのだ。たとえそれが、ゼンマイ仕掛けの玩具でもな」
「え、ぁぇ、…と、…うぇ」

 目の前のムナックは、剥き出しの怯えを涙と一緒に瞳からあふれ出している。
 なのに、サララの感情の一番先頭で熱く加速する部分は、止まってなどくれなかった。
 ガチョウを使った生物学の実験を引き合いに出したり、キューペットサービスの技術的な講釈、孵化前の段階の声紋登録など、敵意と嫉妬で武装した理屈の刃を振り回してしまう。
 ……サララ自身がもう止めたいというのに。
 容赦なく切り付けてくる言霊の群に、ムナックは俯き肩を細かく震わせ懸命に耐えている。
 ただでさえ、目深に被った独特の帽子と顔の半分を覆う御札で、彼女の表情は判りづらい。
 それが俯かれてしまっては、サララには窺い知ることはできない。まるで夜闇が満ちたガラスの森の向こうを探るみたいだ。
 …恐い。
 もしこれでムナックが泣き出したとして、サララは自分を止めることが出来るだろうか。感情の最後尾で萎縮している罪悪感が、この暴走を止めてくれるだろうか。
 無理だ。
 泣いている魔物を見た途端、過虐な理屈はその速度を増し目的を履き違え、何処にもない最後まで踏み込んでいく。自分がどれだけ嫌な女であるか周囲に撒き散らしながら。
 嫌だ、誰かとめてくれ。お願い……助けて、お願い…
 助けは直ぐ目の前から訪れた。

「黙れ貧乳オトコ女。ご主人様は守ってくれるって言ったんです。ご主人様は何処に行きたいか訊いてくれて、アルベルタって場所に海を見に行きたいって言ったら、コレが終ったら行こうって、言ってくれたんです」

 ムナックは泣いていた。
 大粒の涙を流していた。
 けどそれ以上に、熱く、強く、怒りと決意を解き放っていた。その放たれた怒りと決意に、何故かサララの感情が後ろの方から解きほぐされていく。

「ひん……にゅ…う? 」
「ええそうです、貧乳です。10代前半の頃は発展途上と言訳できたかも知れませんが、その齢でそのサイズは、貧相この上ないんです。ロリ担当とかも不可能なんです」

 ムナックは泣きながら、さら熱くガルデンへの想いを主張してくる。
 物同然に扱われてもしょうがない魔物の自分に、ガルデンは人間みたいに接してくれる。だからスリコミなんかじゃない、自分はガルデンが大好きで、ご主人様と呼んでいるんだ。
 ああ、解きほぐされた感情の先頭で、今まで世話しなく加速していた部分も、もう恐がることは無いのだとゆっくりと立ち止まってくれた。
 サララが望んだ助けが来たのだ。
 なんてことは無い。
 目の前のムナックもまた、一人の人間と思えて、相手の気持ちが理解できれば恐くない。陰湿な敵意を抱く必要なんてない、と。
 後にのこるのは、少々の気恥ずかしさと、陰湿じゃない競争心や対抗心だけだった。

「そちらがありすぎるのだろう。童顔のわりにそのサイズなんて反則だ。私よりある、というより巨乳過ぎる。どうせ服の下に外付け拡張だろうて」
「ふふ、残念でした。ご覧の通り私は拡張なんてしてません。貴方の負けなんです」
「な、羞恥心は無いのか。服をそんなふうに、はしたない。これは挑戦か、挑戦なのか、我ら微乳派にたいする宣戦布告か、あ?!いま微乳ではなくて貧乳の間違いだろ、とか思ったな、思ったであろう。ここ、ここの不必要な皮下脂肪の双丘がおもったのか?! それともその頂上の、ぷっくりとしたしこりが思ったのか?!」
「きゃ、あぅぅ、ちょっと何をいきなり、ひっ、嫌です。ダメダメ、でも、にゃぅあ?、え、激しっん…。えぇい反撃です。小さい人は感度が高すぎるのが命取りっ、あぅぁ、も、もっ、あ、あゅ」

 二人とも何故だか解らないが、何やら文章で表現してはイケナイやり取りが始まってしまった…………





 数分後なんとか蘇生したガルデンにより、彼女たちの暴走は取り押さえられた。
 二人とも、衣服が乱れ、所々に引っかき傷があったりと、ひどいありさまだ。
 それでも、勝敗というものが決まりかけていたらしい。
 被害状況が幾分軽いサララに対して、ムナックは息も絶え絶えに路面に横倒しに伏している。
 なぜか彼女の吐息は微熱がこもり、汗ばんだ頬とうなじにはほつれ髪が張り付いている。密やかに光るのは、焦点の定まらない眼と、唇端の少しだけの唾液。
 東方風の上着の止め紐がすべて外れ、インナーのシャツも肩からずり落ちるばかりか、下からも大きくめくられていた。
 線の細い鎖骨と二の腕がはだけ、つるんとしたお腹がむき出しになり、呼吸に合わせ上下している。
 仰向けに寝返りでもすれば、サララの闘争本能に火を付けた、たわわな膨らみが見えてしまう。
 もしガルデンの蘇生が遅かったら、ある年齢に達していない者にはお見せできない事態が起きていたかもしれない。
 そんな事態を招きかけるほど暴れたサララだが、今は神妙なほど大人しくなっている。
 たった一枚の上質の羊皮紙のもつ大きな力によって。
 
 ……それはプロンテラ騎士団の正式な依頼書。

「本当に仕事だったのか……。それにしても、どうせまたキョーツが持ち込んだ、ろくでもない仕事なのだろ?」
「確かにそうだけど、キョーツは悪くないからせめないでよ」

 ギルドの会計係に、キョーツという女言葉をつかう男セージがいる。
 彼はどういう伝手があるのか知らないが、時より各種の ”依頼” をギルドに持ち込んでくる。
 頼まれ事やお役所からの任務など、”依頼” をこなして報酬をもらう現金収入。大概は人には言えない内容ばかりだ。
 まして『不正は見逃してこそ金になるのよ』 が持論というキョーツが持ち込むだけに、今までろくな依頼だったためしが無い。
 確か先月は、『アルベルタで凶暴化したポリンを殲滅してちょうだい……中央の役人にバレる前に』 という依頼だった。
 今回も『街を騒がす都市伝説、ペットイーターのおとり捜査をしてね』 というありさまだ。

「なぁマスター、おとり捜査と言ってもペットイーターが直ぐかかる訳ないであろう。釣は詳しくないが、餌を用意しただけで、直ぐに魚や熊が釣れるものではないだろうて。それと同じで、いくら待ってもペットイーターなんてかかる訳が無い」
「………それがかかるんだ」

 声のトーンを落とし、何故か視線をムナックに向けてガルデンは語りだした。

「この仕事は、かかるように仕組まれているんだよ。依頼の出所はプロンテラ騎士団になっているけど、実際はプロンテラ教団の上層部、それもかなり上からの依頼なんだ。そしてペットイーターはモンスターなんかじゃなくて、教団の出家信者数名らしいんだ」
「内部告発……いや違うな。あれは下や真ん中から発せられるものだ。となると、秘密粛清の外部委託???」
「僕にはよく解らないけど、そういうことらしい」

 教団側は、ペットイーターに潜入捜査官を潜り込んでいるとのこと。
 その上で大体の日時と場所は騎士団を通して、『偶然に現行犯逮捕』 されるように打ち合わせてあるとのことらしい。
 秘密粛清の外部委託。この珍妙な図式にサララは解せない。
 教団上層部は何を隠したいのだろうか。
 ペットイーターの存在を隠すなら内輪で処理すればいい。

「ふむ、察するに『ペットイーター』という都市伝説な噂にしても、連続ペット襲撃犯を隠すために教団が広めたという考えるべきだ。無論確証はない。だが妥当な線はいっていると思うぞ」

 じゃあ、そのわざわざ隠したペットイーターの始末を、外部の騎士団に依頼する必要があるのか?
 なぜ委託先が騎士団なのか?
 なぜ偶然を装うのか? サララは思考する。

「なぜ騎士団なのか、この点は直ぐに解ける。他に頼める場所など無いのだからな」
「え、何で?」
「はぁマスター、最近の情勢くらい把握しておいてくれ。プロンテラ市内の勢力は主に4つ、騎士団に教団、王室、そして私たち冒険者だ。4つめの冒険者に依頼するとなると不特定多数に接触しなければならない。そうすると情報の機密性なんてありえないだろう。全然秘密ではなくなってしまう」

 今回のように最終的には冒険者が関与するにしても、一度、騎士団というフィルターを通して情報のろ過をしなければならない。
 じゃあ、残りの王室は……無理な話だ。なにしろ教団と王室は国政レベルで対立しているのだから。
 保守派の教団と改革派の王室、というのが簡単な図式だろう。
 トリスタン3世はなかなかの改革家だ。
『来たるべき人と魔の戦争』 に対して正規軍以外の軍事力の確保のために、冒険者をギルド単位で束ねてのGvGを導入。
 民兵組織として機能させるだけでなく、各種回復剤の消費拡大や公営鍛冶場の利用者増大などで、経済の建て直しも成功している。

「確かにみんな白ポーション、がぶ飲みだからねぇ。装備も人もお金かけてるし」
「なんだかんだ言ったところで、一番経済が発展するのは、管理された軍需産業だからな。模擬戦であろうと、戦争は技術と経済にカツをいれる」

 外交面でも、シュバルツガルド共和国、天津、崑崙などなど、いくつもの国交を樹立させ大きな成果を残している。
 が、国内の貧民層の救済には何もしていないのが現状だ。
 一方教団は、村々の教会を繋いだネットワークを使い、国内、特に地方の福祉に力を注いでいる。
 外交面では、銃規制やホムンクルス規制条約などで存在感を示すものの、王室に差をあけられっぱなしである。
 しかも本来教団が取り仕切っていた結婚式を、トリスタン3世に横取りされた痛手がある。
 故に、国政に関して教団は王室の意見には真っ向から対立している。

「これくらいの知識は私でも持っているぞ。もっと専門的なことは、リムセさんかエンデさんあたりに聞いて、勉強しておいてくれ」
「ごめん、あんまりINTふってないから」
「そういう事ではない。情報量を増やして欲しいということだ。あるていど情報があれば、こんな胡散臭いばかりか危ない仕事を、請け負うこと無いないだろうに。もう」
「この仕事、危ないかな?」
「危ないに決まっているであろう。アルベルタで狂暴化したポリンを殲滅すのとはわけが違う。最悪、マスターがペットイーターだったと言う濡れ衣で始末されるかもしれないぞ。そこまで考えたか? 考えていないであろう」
「えっ、うん。そういう事は考えてなかった。・・・そういう事は」

 まったく、この男は……。
 サララは深くため息をついて隣のクルセーダーに、困った視線を送る。バカというか、深く物を考えないというか。タフだけが取り柄というか。
 さらに性質の悪いことに付け加えれば、そんな男をサララは放っておけないということだ。
 それは、この男のことが好きなのではなく、単に放っておけないだけなのではないだろうか。
 忘れかけていた不安がまたも滲み出てくる。
 踏み込めないのは、仲間意識とか正義感とか………

「………では、その“偶然” 襲われるまでに作戦を立てておくとするか。マスターは前衛と献身を頼む。相手が何人かわからないが、ここよりもっと細い路地に移動するべきだな。ありきたりな戦術だが、一度に何人も相手にしないですむようにしたい」

 やっぱりダメだ。
 サララには、これ以上自分の内面なんか考えられない。
 出てくるのは不安ばかり、ならば無理やりにでも考えないようにしなければ、身がもたない。
 だから彼女は、使い古しの対処療法とわかっているが、具体的な作戦を口にして自身の感情も事態の流れも、持って行きたい方向に持っていく。
 なのに、こちらを散々焚きつけたガルデン本人は、明らかに驚きと拒否を表す。

「っ!! そんな、サララさんも残る気なの? ダメだよ。僕一人でいいよ」
「マスター、仕事の危険性を気づかなかったくせに気づいたとたんに、それは無いであろ。従えない台詞だぞ」
「危ないとか、そういうんじゃなくて、僕は、依頼内容を破るつもりだから……」

 依頼内容を破る……。いったいこの男は何を考えているんだ。
 タフだけが取り柄とか、深く物を考えないとかいう事はもうどうでも良い、バカだ。絶対バカだ。

「何考えているのだマスター、それでは報酬がもらえないではないか」
「サララさん僕は言ったよね。ペットイーターを現行犯で捕まえる囮だって、ペット襲撃未遂の囮じゃなくて、ペット襲撃の現行犯逮捕だって。この仕事は、このムナックを守ることじゃないんだ。犯人に抵抗したふりをして、このコを見殺しに……」
「…………」

 サララは何も言葉が出なくなる。
 再びムナックに向けられるガルデンの視線。
 それに引かれてサララも、自身の処遇も末路も理解できていないであろう、牙を抜かれた魔物に目を向けた。向けたが最後、離すことが出来ない。
 納得できないのではない。
 そんな許せない計画が納得できなくて、言葉が出ないんじゃない。
 そんな当たり前の計画が納得できてしまって、言葉が出せなくなっていた。
 わざわざ潜入操作と外部への協力要請、で最後は偶然を装って無関係の冒険者に囮までやらせたのだ。
 どうせ容疑をかけるなら、未遂ではなくヤッてしまったほうが良いにきまっている。
 器物破損。
 確かペットを殺しても罪状は器物破損であり、殺人にはならない。
 まして相手は犬猫じゃないムナックだ。フェイヨンダンジョンに潜れば、いくらでも湧いている。人を襲う魍魎亡者だ。殺したところで誰が咎めようか。

「でも僕はこのコを守る。だから、僕が引き受けたんだ。仕事を持ちかけたキョーツ自身が乗り気じゃなかったけど、僕は引き受けたかった」
「どうしてこんな、……汚いというか、ひどい仕事を」
「……見殺しにはできないから」
「見殺しに出来ないというなら、最初から受けなければいいではないか。こんな後味の悪くなるのがわかっているのに、その上で無茶して依頼内容と違うことしようなどと」
「それじゃ一緒だよ。僕がやらなかったら、誰かがこの依頼を受けて、依頼通りに見殺しにする。そうしたら僕も、見殺しにしたのと一緒だよ」

 だから彼は依頼をうけたのか。そんな青臭い理由で依頼を受けたというのか。
 いや違う。
 このガルデンというクルセーダーは依頼を受けたのではない。逃げ出さなかったのだ。
 知ってしまった些細な事実と、避けて通れる無関係な厄介ごとから逃げ出さなかった。

「だから僕は、このコを依頼通りに見殺しにするんじゃ無くて、守りぬいてやるって決めたんだ。騎士団が駆けつけても、このコが生きていたのなら、もう誰もコを傷つけられないからね」

 バカだ。
 この男はバカもバカ、大バカだ。ついでに言えば、こんな大バカがこんなにも愛おしいと、胸の奥が悶える自分も大バカだと、サララは痛感した。

「では、なおの事作戦練らねばならん。ギルドのメンバー呼び出すしかあるまい? 戦力的にイリジウムさんがいたら百人力であるが、相手がプリーストだったらニュマが厄介か」
「そうしたいところだけど、そうはさせてもらえないみたいだよ、ほら」

 まだ路面に横たわるムナックから視線を外し、ガルデンは暗く闇の積もった路地を見据える。
 ゆっくりと何かが近づいてくる。
 数は4人。姿は見えないが、その足音と、声を合わせ朗々と紡がれる、聞きなれぬ台詞から判断可能。

「「「「汝(なれ)には黙秘権は無い。
弁護官を呼ぶ権利も無い。
主神オーディンは全知であられるから、裁判にて供述する必要は無い。
ただ汝に許されるのは、神々の御前に跪き、その罪を悔い改めることのみ」」」」

 もう一つこの台詞から導き出せる答えがある。……それは、

「「「「さあ、我ら異端審問官が代行者として、この鉄槌をもって神々の御前に送り出そう」」」」












Ragnarok Online SideStory「ペットイーター」本編をアップです。
やりたかったことは、プロローグのスプラッタしている「暗」な感じから、
一転してラブコメしている「明」な感じに切り替え、それでも段々と雲行きが怪しくなっていくシーンを書きたかったのです。

他にも、何故かRO以外のネタとか、他のHP様で使われていたネタも、つい入れちゃいました。
特に”縞パン”のあたりw

そんな感じで、次回は戦闘シーンなんぞを書いて見ます。
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