こんな企画です 世代とか知名度とか混戦模様
グルジア×パリは燃えているか
サークル飛翔システム『マジカルバトルアリーナ』8/14 サークル不機嫌亭『錬電術師 -HexaQuarker-』8/13 スタジオKIMIGABUCHI 『RE-TAKE』 8/12
サークルCircletempo『MYTH-ミス-』8/11
サークルtalestune『ルーデシア』8/10
サークルジャイアントユニット 『TAIHAism』 8/2
    サークルBlue forest『Sin』 8/1
  サークルねこバナナ『Omegaの視界』  7/31
CRAFTWORX『lechenaultia』 戦争が始まる
サークルInverseKinematics『御伽噺食堂』
サークルTALESTUNE『収穫の十二月』新作も期待大
サークルOf Four『ツバキヒメ』他にも動画ありますよ
 サークル南京錠 『Dest』 歌は茶太さん
ケルトっちゃケルトでございます? 7/22
 とあるリアルの超電磁方。銃刀法は問題なし?
 間違った和風PV・・・そーいや新作でるな 7/19

動画の転載(無断転載?)始めました。一週間くらいで入れ替え
『でうす・えくす・♥』







森だ。森が広がっている。
暖流に恵まれたアルベルタの、鬱蒼とした緑の迷宮。
ウンバラのジャングルと違い、乾季と雨季の明確な土地。茂る植生は硬い常緑樹と地表近くの草本類が多い。
そして何より、南方へ足を踏み入れなければ人を襲う魔物なんて、そうそういない。
そんな初心者向けのフィールドに歌声が流れてくる。バードが歌う聴衆に聴かせる歌ではなく、少女の声で紡がれる、ただ唇からこぼれる何気ない歌声。

「♪銀毒仕立ての帽子を被り 街へと繰り出すジャントルメン♪
 ♪奇想天外な玩具の群と 呪文の羅列を従えて〜♪」

 open&close

歌を謡うのは、転職仕立ての女商人。まだまだカートを引く速度も遅い。
それにしても、森の中で少女が歌うにはあんまりな選曲だ。何の歌か知る者が聴けば、絶句しかねる。ある歌劇の序盤に流れる、あまりにも幻想と絶望を含みすぎた、悲惨な結末への複線歌。
そんな歌に誘われるかのように、少女を襲う者が現れた。たとえ彼女を襲う魔物はいなくとも、彼女を襲う人間なら、この森にいたのだから。

「へっへへ〜〜、ようようお嬢ちゃん、こんな所を一人で歩いていると危ないぜ」
「そうそう、オデらみたいなのに襲われちゃうぜ」
「ふっ、怯えることは無い。我が筋肉で面倒見てやる。そういうことだ」

彼女の前後を阻むように茂みから現れたのは、1人のモンクと2人のシーフ。明らかに友好的でも紳士的でもない。
彼らが言う“面倒”がどんなことかくらい、少女にも明白だった。

「ふぇ? こんな所?・・・ふえぇぇ〜〜ん、もしかしてボク、“19日東館1ホール男性向け G58〜H14”辺りの、ラグナロク18禁作品に迷い込んじゃったんですか?!」
「ま、迷い込んデない、迷い込んデないから。ゴゴは“ノ24”だから。っーか迷い込むっデ何?」
「そんな局地的なボケ、RO本のサークルチェックしてないと判らないし、マズイから本当にマズイから。そのスペースのサークルさんに失礼だから、許可なんて一切とってないし」

明白だったけど、なんか微妙にサークルスペースを間違えている?
しかも怯える少女は、シーフ達の話など聞きもしない。

「まだキスも知らないのに、コミケ3日目、それも東館に迷い込むなんて、ああボクは何て不幸なんだ・・・。一般参加者の9割はドス黒い情動に刈られ、残り1割は転売目的という魔境。ソフ倫の規制もないから“登場人物はすべて18歳以上です”って便宜的なコメントも付けずに、問答無用に純潔を散らしてしまうなんて・・・・・・」
「だからそういう発言は控えろ、一般参加者の皆さん失礼だから。いくら本当の事でも作品内での発言は控えろって。とりあえず落ち着け、な、な」

「きっときっとそんな事言って安心させておいて、どんなに泣き叫ぼうが助けの来ない深い森の中、湿った土の上で組み敷いて、まだ未発達な青い果実を汚し冒すんだ。ボクは破瓜の痛みに涙しながら、地面を掻き毟り腐葉土を握り締め、声にならない嗚咽を漏らすんだ。三人で代わる代わる攻め立て・・・、ちょうど三人だから、お口もお尻も一緒に三ヶ所同時に」
「・・・う、うむ。それはするつもりだな」

「破瓜の痛みと絶望に呆然としているボクに、レベルも達していないのにハイスピードポーションとか飲ませて、ムリヤリな調教とかするんだ。“ご主人様“と”お兄ちゃん“を足して”お主人ちゃん“とか呼ばせるんだ。ヒドラの触手を前とお尻に突っ込んで、抜いて欲しかったらしっかり舐めろとか言っておきながら、ご褒美だとか言いなが2本目、3本目と追加して・・・振動する青石で栓をしちゃうんだ・・・・・。他にも、挿入しながらペンチで脇腹を抓ったり、焼き鏝を押し付けたりして、あそこがギュッて締め付ける感度を激しくするんだ」
「お、お主人ちゃんて、何かな?、かな?」

「調教が済んだらメントルの下は全裸で街を歩かせたり、深夜にマタの首輪だけで散歩したりするんだ。お金にこまったら履いてない状態で、プロンテラの裏露地でミルク売りとかさせるんだ。ミルク1本1Kで、冷たいミルク瓶を、歳の割には大きなボクの胸に挟んでお客様に飲んでもらって、追加料金でお客様のモノを胸に挟んだり、逆にお客様のミルクを浴びたりしちゃうんだ」
「いや、我らは流石にそこまでするつもりは無いぞ」


「そうだそうだきっとそうなんだ。ひっく、ひっく、うえぇぇ〜ん、ボロボロの使い捨ての性奴に汚されて、最後は首なしBOTにされちゃうんだ〜〜。そんなの酷いよ〜(泣)」

どちらかというと、少女の妄想の方がよっぽど酷いような気もする。
だが構図としては、無頼の男達と泣き叫ぶ年端も行かない少女。こんな場面に次に現れるものといえば、

「そのコから離れろっ!!この下郎ども、あたしが成敗してくれる」

そう正義の味方ではないだろうか。


今回の正義の味方は、桃色気味の赤髪をした女ブラックスミス。年齢は17くらい。天津の血が混じっているのか、象牙色の肌とオリエンタルなアーモンドアイ。
装備はウエスタングレイスとブラッドアックス。そして花カートを引いているところ見ると、中級者程度の腕の者見受けられる。
たまたま通りかかったのだろうか。女BSには、泣き叫ぶ少女とガラの悪い男共としか目に入っていない。良くも悪くも少女の妄想部分は、都合が良いくらいに認知していなかった。
何かどうしようもない不条理を感じる状況に、男3人は顔を見合わせる。
・・・・・・どこか危ないヤンデレちっくなマーチャントよりも、まともそうなBSを獲物にしたほうが、無難な気がすることで共通しているようだった。

「ほらお嬢ちゃん、この蝶の羽で早く逃げな。こんな連中、あたしが蹴散らしてやるさね」
「あぁお姉さま、ありがとうございます。お言葉通り逃げますが、あとで曲がったタイを直してくださいね。ボクのお姉さま♥」

ある意味被害者な気がしないでもない男たちを無視して、百合の香りが微かに漂う乙女達のやり取りは進行。
マーチャントは、投げ渡された蝶の羽を握り締め、転送音と共に基点へと飛んでいった。

「さあ、無垢な少女をドス黒い性癖に染めようとした不埒な悪党共、このホノカ=アーヴィンが天に代わって、引導ってヤツを渡してやるよ」
「あの〜、たぶんあのマーチャント、そんなに無垢じゃなかったと思うんだけど・・・・・・・・・(汗」
「問答無用、悪即斬だ。死んで詫びろ、盛りの付いたオス犬共がっ!!」

あんまりと言えばあんまりな状況の中、リーダー格のモンクが溜息を付き一歩前へでる。

「はぁ、純白と思えた幼きスズランは、何故にか猛毒を有する。 ならば期せず凛と咲いたクロユリ。それを力ずくで愛でるもまた一興。といったところか」
「ほう、なにやら悪党が大きな事をほざいているけど、手前らなんぞ私の斧で去勢してやるさね」
「図に乗るなよ斧使い。そんな重鈍な武器など、我が筋肉の前では遊戯も同然。後悔と快楽をくれてやる」

モンクがゆっくりと戦闘体制を染め上げていく。
丹田を意識した深い呼吸で肺が開く感覚。力を漲らせた双腕とそれにより手甲の皮が軋む音。四肢の全てに酸素と意識が行渡り、彼の身体と精神は戦闘用のそれとなる。
武僧の全てが戦いに染まった頃には、自然と構えも出来上がっていた。やや前傾姿勢の拳闘スタイル。それでもオープンフィンガーの構えは、単純な打撃屋では無いことを物語っている。
それに呼応して、ホノカもブラッドアックスを振り被る。
柄の石突側を左手で刃側を右手で掴み、すぅと右足を後ろに引く。左前の半身になりながら重心を落とし、斧の石突を前へ突き出す。
腐葉土が積った柔らかな足場。それを確かめように、両者とも重心確保に余念が無い。
互いに視線は射抜くように鋭く、相手をヤルという覚悟が完成していた。正に一触即発。張り詰めた殺気が周囲を支配する。
モンクの言う通り、ブラッドアックスは両手持ちの武器だ。武器全体が長い上に、その重量は斧の中でもトップクラス。こんな木々の生い茂る森での戦闘には、あまりにも不利なエモノといえる。特殊な能力付加も無くはないが、あまり戦闘に役立つとは思えない。
一方の無手であるモンクは、その鍛え上げた四肢そのものが凶器。森の中だろうと屋内だろうと、変幻自在に旋回と屈伸を可能とし、何度も襲い掛かる凶悪な武器だ。
この時点で勝敗はかなり傾いている。
しかもホノカの構えに問題がある。
ポールウェポンと称される長柄の武器を、振りかぶりながらも石突を前へ突き出すスタイルは、防戦や受け流しを考慮した構えだ。
モンクに先手を打たせて、その打った後の隙をねらう。いわゆる“後の後”を取ろうという腹積もりか、無駄なことを。
武器の相性とこの場の地形特性、互いの戦闘スタイル。それらから判断すれば、一度懐に入られたならば最後、両手斧の使い手に間合いの確保なんて出来はしない。
まだ最初の一撃から全力で打ち込まれた方が厄介だった。
もっとも、仮にホノカが一撃必殺を狙ったとしても、モンクはそれよりも先に、初撃と続く2撃目を打ち込む自身はある。その為の前傾姿勢、“先の先”を狙った構えなのだから。
それだけの読みと布陣を、既に敵は完成させていた。
まさにそんなモンクが踏み込もうとした瞬間、意外にもホノカの方が先に動いた。
それも真後ろに・・・・・・というか、全力疾走で、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・逃げ出しやがった。

「ちょっとまてーーーっ!! 今までの武器や戦闘スタイルの解説は何なのだ。こんなにやっておきながら無駄にする気なのか!?」

モンクの読みや布陣はおろか、作者のちょっぴり実体験入った解説さえも無駄にしやがって、ホノカは逃亡。
モンク達を無視してホノカは走る。しかもアイテムの詰まった重いカートを引いているのに、意外と足が速い。3人が慌てて追いかけるが、差が縮まりそうも無かった。

「くそっ、ブラッドアックスの速度増加ボーナスかっ!!」

そう、先ほどの“あまり戦闘に役立つとは思えない”能力付加だが、それは移動速度+10%。戦闘には役に立たなくとも、こういう場面では地味に厄介な能力付加だ。
しかも道はどんどん細くなり、分厚く落ち葉の積もった悪路といって差し支えない。もはや獣道の一歩手前。それだというのに、女BSは着かず離れずの距離をたもっていた。
それでも崖沿いの登り坂に差し掛かったとたん速度が落ちてきた。
急傾斜に加えひと一人分の狭い道幅。左は崖下へ吸い込まれるような断崖、右は見上げるような絶壁。それが彼女の足をすくませているのだろうか?

それは違った。

今がチャンスと、モンクたちは一気に坂を駆け上ってくる。・・・罠だとも気付かずに。
ホノカは追っ手が坂を登り始めたのを確認すると、商品の詰まった花カートを分離。くるりと振り返ると、カートを坂の下目掛けて、勢いつけて蹴り落とした。
右は見上げ左は急落下の断崖絶壁。花カートの幅は道幅一杯、高さも1.2メートル。避ける場の無い一直線。カートで轢き殺すつもりかっ?!
狩る側の筈が、気が付けばまんまと罠にはまっていた3人。2人のシーフは後ろへ、坂下へ逃げ出す。だがモンクただ1人は違った。

「この急傾斜、逃げたところで間に合うものか。ならば我が筋肉で止めて見せる」

逃げるどころか一歩前へ踏み込んだ。本気で受け止める気だ。
重心を低く、低く、クラウチングスタートの様に低くを落とし、全身の気を手繰り寄せる。あとは呼吸を合わせ、覚悟を決めるだけっ。
凶悪な質量に重力加速度を宿した花カートと、一歩も退かず真正面から迎え撃つモンク。両者がぶつかり・・・・・・捕らえた。
モンクは左肩からぶつかる様にカートを両腕で掴む。慣性を背後に逃がす無粋な事すしない。筋力にものを言わせあらん限りの力で踏ん張った。
それでもカートは、大人しくなんかしてくれない。
落ち葉の降り積もった坂面は、あまりにも柔らかく、そして滑る。モンクの両足の轍を作るだけで、止まりもしない。喰らい付いた体勢のまま、10数メートルは押し戻される。
・・・・・・だが、モンクは止めきった。落ち葉の層から顔をだした樹の根に、蹴りを入れるように無理やりな足ブレーキを慣行、見事カートを止めきった。

「ふは、ふははは、見たか我が筋肉に不可能の文字は ――― 」

斬撃
突然の真上からの衝撃と同時に、分厚い刃が右鎖骨と肺腑を食い破り、胸の半ばまでを断ち割った。右肩から肺を縦断する力任せの切断。むしろ解体と呼ぶべきだろうか。

「そうだね無いね。あんたの汗臭いズウタイには、不可能って文字は無いね。けどさぁ、右肩から先も無くなっちまったも同然だね、おい」

声の方を見上げれば、カートの上に飛び乗ったホノカが、モンク目掛けブラッドアックスを振り下ろしていた。
太陽を背にした逆行。こちらを見下ろす表情は陰になりはっきりしない。それでも声と口元だけは薄笑いを浮かべていた。
ホノカは、カートで轢き殺すためだけにパージした訳ではなかった。
相手がカートを破壊、ないしは止めようとした場合は、カートで出来る死角を使い気付かれること無く接近。破壊・止めた瞬間に奇襲をかける目的もあった。

「が、ぁぁく、ぁらああ゛ゅーーーーーぁぁぼぁぁっ!!」

絶叫。
吐血交じりの水っぽい叫びと鮮血を撒き散らし、敗北を認識しながらもモンクは戦闘を続行。
関節ごと神経を断絶された右腕ではなく、まだ動く左腕でカートの上のホノカの掴みかかった。狙うは、彼女の右足。

「ひっ!!」

モンクはホノカの右足を掴んだ瞬間、間髪おかずに手前に引きずり倒す。バランスを崩し、彼女はカートの上に姿態を投げ出すように仰向けに転倒。丁度、両脚の間にモンクを挟む体勢。
あまりにも無防備な状態。モンクとってみれば、1.2メートルの高さに都合良く捧げられた生贄も同然だ。
カートに寄りかかるように圧し掛かり、殴る、殴る、殴る、左手一本で不器用に殴るだけだ。
もはや格闘技術や戦術も無ければ、肩からもげかけた右腕も、断傷からこぼれる流血もはみ出した肋骨も関係ない。怒りに任せ殴るだけだ。
顔面をガードしようとするホノカの腕を容易く掻い潜り、拳が何度も打ち込まれる。
10発ほど殴ると、モンクは狙いをホノカの顔面から胸元へ移す。
殴るのではなく、BSの制服であるブラ状に縛られた白シャツを、無理やりたくし上げる。
まろびでる豊かな双丘。平均を大きく上回りながらも、垂れる事無くツンと上を向いている。戦闘の興奮からか、全体に汗ばみ谷間に滴が流れ、先端の桜色した果実も自己主張していた。
モンクはその肉丘を左手で鷲掴み、蹂躙する。むっちりと練り上げられた上質のパン生地のような張りと、剥きたてのゆで卵のような肌の質感を、我が物のように堪能する。
カチャリという、聴きなれぬ金属音を耳にするまでは。
金属音。その発生元を確かめれば、それは自らの左手。いや、そこにかけられた黒光りする古い手錠だ。
慌てて引っ張るが、既に手錠の反対側のわっかは、カートの支柱にしっかりとかけられていた。半ばカートに乗る体制で手錠拘束。
モンクが慌てた隙を突き、ホノカが拘束を逃れる。カートの反対側へ飛びのき、斧を構え直す。
その表情には、何の感情も浮かんではいなかった。
殴られて腫れ上がった顔には、怒りや恐怖の感情も無く、瞬きは少なくやや首をかしげ、のっぺりと此方を見つめる。
それは観る者に、先程斧を振り下ろした時の薄笑い以上に、恐怖を覚えさせる。正面から迫り来る恐怖ではなく、背筋を粘液が這うような恐怖だ。
その無表情のまま、ホノカは再びカートを坂下へ押し落す。蹴るのではなく、自らもカートを押し、一緒に坂を下ろうとする
とっさに押し戻そうとするモンクだが、只でさえ滑りやすい地面に加え、今の体勢ではろくに踏ん張ることも出来ない。このまま坂下り落ちる事になったら・・・・・・

「や・・・ま、ちっど・・・やめ・・・」

モンクが吐血のため声にならない悲鳴で訴えるが、ホノカもカートも止まらない。むしろ、モンクの怯えや訴えを見るうちに、無表情だったホノカに感情が、あの薄笑いが戻ってくる。
しかもカートが坂を下り始めると、薄笑いは哄笑にかわり、速度とモンクの怯えが増した頃には、完全な笑い声となっていた。

「あは、あははははっ、あぁはははぁはぁははぁっ!!」

笑い声を響かせながら、ホノカとカートとモンクが疾走。ぐんぐん速度を増して坂を駆け下りる。感情も速度もトップギアが入った。
“最後は止まる“という概念など無い加速は尋常ではない。たいした間も置かずに、真っ先に逃げ出していたシーフ達に追いつき、射程に捕らえた。
坂の終わりまであと僅かだ。もう少し行けば道幅も幾分広くなり、直線で襲い掛かる悪魔をやり過ごすスペースもある。あともう少し・・・、
そんな希望を抱いた瞬間、背後から衝撃に喰い付かれた。
激突、そして横転。
何がどうなったのか誰も解らない。追突したホノカさえも、良く解っていない。きりもみする視界の中、柔らかな落ち葉と下草のクッションに投げ出された事ぐらいしか認識できなかった。
残り3人の内、2人のシーフにしても同じ様なものだ。
最後のモンクに至っては、そんな事言ってられる状態じゃない。
追突の衝撃で横転したカート。
着弾した旧式大砲の弾の方がまだ大人しいと思えるくらいの、派手なローレルやバウンドを繰り返し、その度に手錠で繋がれたモンクを下敷きする。
最後は地面を大きく抉りながら止まったが、その時も律儀に、モンクを磨り潰すように地面に押し付けていた
結果、ただでさえ死にかけるような傷を負っていたのだ、もはや完全に意識失い、呼吸とも痙攣ともつかぬ微動を繰り返している。
一般的にそういう物は、死体と呼んでかまわない筈だ。
しかしある意味において、芸術作品なのかもしれない。
人間の意志が介在しては達成できないであろう、前衛的に折れ曲がった四肢は、偶然と運動エネルギーが生み出した芸術と呼べるかもしれない。
芸術というものが人の心を揺さ振るモノならば、少なくとも2人のシーフの心を揺さぶっているのだから。圧倒的な恐怖という感情を。




「さぁ次は、どっちが斬られたい? あん、オス犬共」

ゆっくりと立ち上がったホノカ。汗や返り血で湿った肌に張り付く落ち葉を拭い、衣服を整えながら残りの獲物を見下ろす。
体格的には、シーフ2の方がよっぽど大きい。
なのにこの女BSの黒光りする瞳に睨まれると、まるで見下ろされているように竦み上がってしまう。

「何ならあたしが、泣いて喜ぶくらい公平に決めても、かまぁないさね」

そう言ってホノカは蝶の羽を一枚取り出す。2人のシーフとホノカ自身。そのちょうど中間地点になる場所へ、その羽を放り投げる。
下草の茂みに僅かに隠れる、基点転送用アイテム。ホノカはそれを顎で指し、

「1枚だけくれてやる。そういう趣向はいかがさね?」

仲間の数は2人。脱出アイテムは1人分。つまりそういう事か、1人だけ逃がしてやる、死にたくなかったら奪い合え、と。
冷静に考えれば、他にも選択肢はある。2人同時に反対方向へ走り出せば、いくらかの生存率が望めるだろ。
けれど冷静になんてなれない。2人のシーフは、モンクを惨殺された恐怖と、立ち込める鮮血の生臭さに、完全に飲み込まれていた。
2人とも視線は遠近感だけでなく、ぐらぐらと平衡感覚をも失っている。
目に入るモノも、互いに目を血走らせた傍らの仲間、たった1つだけの蝶の羽、妖斧の切っ先から血を滴らせるホノカ、まだ時より痙攣をするモンクの死体、この4点のみ。
視線は4点を絶え間なく往復し続ける。
視線の動きも、神経を這い上がってくる恐怖も、どんどん加速していく。・・・・・・限界が訪れる。
小柄なシーフ1が先に動いた。
数メートル先の蝶の羽向かい、頭から地面に跳び込む。助かりたい一心に、遅れて動いたシーフ2など省みず両手をのばし、・・・・・・取った。
シーフ1の両手が、たった1つきりの切符を手に入れた。今にも泣き出しそうな顔で、心から安堵するのも束の間、

『スティール』

背後からのしかかったシーフ2がスキル発動。シーフ1から、蝶の羽を奪い取った。

「てめーそれは俺の」
「先に動いてたくせにうるせぇっ!! オデらはシーフなんだ、かまわねぇんだ、オデが助かるんだっ」
「クソ野郎が返せっ!!」

本来の勝者は奪い返そうとするが、体格で負ける上に、立ち上がる間も無く顔面を蹴られ転倒。更に続けざま、腹に顔面に両腕に、蹴りを執拗に打ち込まれる。

「助かるのは、助かるのはオデなんだ。お前はここで死んどけ、おら」

命を繋げる切符を手にした喜びに、何もかも忘れ、もともとあってないような仲間との絆さえも忘れ、シーフ2は蹴り続ける。
蝶の羽を握り締め発動させる時でさえ、彼は切符を失った仲間を蹴り続けた。
たった1枚の蝶の羽が発動する。シーフ2の足元が瞬き、基点への転送が起きる。
その瞬間、旋風が走った。蝶の羽を掴んでいたシーフ2の右腕目掛け、ホノカが上段からブラッドアックスをフルスイングする。
転送
アイテム使用時の独特の音が鳴り、転送が完了した。
なのにシーフ2はその場に残ったまま・・・。転送されたのは、

「・・・腕が、オデの腕が飛んでっちまった!!」
「ほう、どうやら斬られたかったのは、うすらデカの右腕だったようだね。・・・・・・くたばりな、見苦しい下衆がっ!!」

再び旋風が走り、シーフ2が一撃のもと斬り捨てられた。
これで2人目。
目の前に転がった仲間・・・、とはもう思いもしないモノを見つめながら、シーフ1は尋ねた。

「な、何でこいつを殺したんだ、こいつが俺から奪い取ったからか?」
「はぁ? 確かに見苦しく生かすに値しねぇが、別に奪い合ったってかまわねぇぜ。そもそもあたしは“1枚だけくれてやる”としか言ってないんだからな」

そうだ。この女BSは“1枚だけくれてやる”としか、・・・・・・蝶の羽を手にした者を助けるなんて、一言も言っていない。

「まさか、あんた初めから・・・、先に蝶の羽を取った奴を殺すつもりだったのかっ!?」
「さぁて、どうだろうかな」

あれだけの恐怖の中に、望みをチラつかせておきながら、ホノカは答えをはぐらかす。
そればかりか、何か面白い事を思いついた顔をして、シーフ1の鼻先に妖斧を突きつけた。

「仲間に裏切られた可哀相な手前に、選択肢ってヤツをくれてやるよ。安心しな、4つとも“男になる”なんてふざけたモノじゃない」
「選択肢?」
「そうそう、簡単な選択肢だ。フラグだ高感度アップだではなく、正解と不正解の簡単な選択肢。間違えればバットエンド行きってやつさね」

これ程楽しい事はないと言った顔で、ホノカはシーフ1に選択肢をつげる。
その顔は少し前まで、シーフ達が浮かべていた顔。マーチャントを相手に、その命と尊厳をもてあそぼうとしていた顔だ。
いまごろになって気付いた。
・・・・・・“こんな場面に現れる3番目の登場人物”は、正義の味方なんかじゃなかった。

「これから、手前はどうする。
  A  あたしに殺される
  B  心から反省して一生をかけて罪を償うことを誓い、優しいあたしに見逃してもう
 さぁ、どちらが正解か選びな」

・・・・・・答えが見えた。
蝶の羽の件がなければ、シーフ1はBに飛付いていただろう。けれど今となれば、ホノカの考えが見えてくる。
正解とバットエンド行き、それしかないと言う。ならばAが正解。
Bが不正解。Bをえらんだらバットエンド行きなのだろう。
それでも彼はBを選ぶしかない。
自分がしようとしていた事と、さして変わらない事が目の前に転がっている事に気が付きながら、それでも選ぶしかなかった。

「・・・・・・・・・B」
「残念、正解はAだ。んじぁ、バットエンドで先生に教えてもらって来なっ!!」

振り下ろされる妖斧を見上げたシーフ1の視界。
そこには、冷たい断命の刃だけでなく、対照的に暖かで柔らかい木漏れ日が満ちていた。









惨劇は風と共に通りすぎ、今はただ樹枝がゆれて木漏れ日のシャワーが降り注ぐ。
それは、妖斧の血を拭うホノカにも、地面に横たわる3つの死体にも、静かに降り注いでいた。立ち込める血臭さえも、緑の草いきれの中に薄れていく。

「ふ、またつまらない物を切ってしまっぐぁっ!!」

どこかで聴いた台詞をキメようとしたホノカ。だが言い切る直前、後頭部に衝撃が走る。
痛む後頭部をさすり振り向けば、足元にはブルージェムストーンが転がっている。

「青石、・・・・・・むぅ、何をするんだギュア、痛いじゃないか」

涙目で非難するホノカの視線の先。下草を掻き分け、ギュアと呼ばれたプリーストの女が現れた。神官の証である紫色の法衣をびっしり着込んだ細身の淑女。
明らかに殴りプリと呼ばれる武装神官とは違い、支援に特化しているのが見て取れる。
それでも、こめかみに浮かんだ青筋はなかなかの迫力。相当ご立腹な様子だ。

「何気に可愛らしい涙目で訴えてるんじゃありませんわ。“何をするんだよ”ですって? それはこっちの台詞ですの」
「か、可愛らしいだなんて、そんな(ぽっ」
「行き成り恥らわないで下さいましっ!! ぽっじゃありません、ぽっじゃ。私が言いたいのは、さすらい狼を狙っていたのに、突如“乙女の助けを求める声が聞こえる”とか仰って走り出し、こんなアルベルタ付近まで突っ走ったかと思うと、また惨殺死体を3つも、えっと今月トータル11人目ですか? まぁ何人目でもよろしいですわ、とにかく何をしやがるんだってことですわ」

ギュアの言葉を整理すると、ホノカは随分と離れたフィールドから先ほどのマーチャントの助けを聞いたうえに、今月だけでも、この3人の他に8人もぶった斬っていることになる。
・・・ いや、ホノカの移動速度を計算すると、マーチャントが助けを求めるよりもかなり先に、予知するかのようにホノカには聞こえていたことになる。

「何をと問われれば、・・・そうさね、正義の裁きを下したまでさね。ほらあたしは基本的に正義の味方だからな」
「応用と実践においては、思いっきり快楽殺人者でありませんのことっ!!。なにが“つまらない物を”ですか、心から楽しそうに惨殺していらっしゃったくせに」
「ほらオーディン様も、“汝の為したいように為すがよい“って―――」
「仰ってません。うち宗教の主神をどっかの暗黒神にしないでください。教団にケンカ売ってらっしゃって? 何なら異端審問局で“学習”されてきます?」
「嫌だ、あれ学習じゃなくて洗脳って言うんだ。新保守派とか原理主義の手先になっちまう」
「なら冒険者とはいえ、宗教関係者を前にして、そのような台詞は慎んで下さいまし。あと、またハエの羽を使われて、腕だけ飛ばされたのでしょ」
「いいや違うぜ、今日は贅沢に蝶の羽を使ったんだ」
「変わりませんわ、ていうかカプラ嬢にいい迷惑です。いきなり目の前に生腕だけ転送されたら、人によっては素で泣きますわよ。ちっ、どのみち飛んでった腕の再生はでませんからね」

悪態をつきながらギュアはスキル発動

『リザレクション』

ブルージェムストーンの存在と質量が、物理法則を無視して、完全にエネルギーに位相転位。ギュアの周囲に光と意思の渦となり立ち込めた。
それは力ある祈り。尊き巡礼の道を歩み、辿り着いた者が持つ奇跡。
奇跡なんて起きないから奇跡と呼ばれるのかもしれない、けれどそこにあるのは間違いなく奇跡の祈り。
祈りは主神オーディンへ届く。
魂の運び手であるヴァルキリーの慈悲のもと、死者の魂を現世に呼び戻され、そればかりか、世界そのものに干渉し、破壊された肉体に最低限の修復が起きる。
蘇生
最後に斧を振り下ろされたシーフ1の身体に、再び微かながらの命が燈った。意識は戻らぬとも、傷は埋まり呼吸が再開されたならば、それは死体ではなく生きた人間と呼べるのだろう。
続けてギュアは、シーフ2・モンクにも詰まらなそうにリザレクションを行う。それが終ると今度は『ワープ・ポータル』を開いた。

「ほら、そっちのシーフとモンクのお二方はホノカがやってくださいね、いつもの所に送っておきますから」
「むぅ、こんな牡犬共は蘇生なんかしないで放置して、食物連鎖の最底辺あたりで分解してもらったほうが良いのに、何でいつも蘇生した後にプロンテラ城の地下牢に直送なんてするんだよ」

渋々従うホノカだが、死体遺棄というより大きな生ゴミでも扱うようだ。手で触ろうともしない。ブラッドアックスで引っ掛けたり足で押したり、ずいぶんとぞんざいなやり方で、ワープ・ポータルの光柱へ、文字通り蹴り落とした。
一方のギュアもシーフを乱暴に扱うが、あくまで人間の範疇での乱暴ぐあい。念のため後ろ手に手錠をかけてからスローイン。ホノカに比べればまだマシなのだろう。

「そんなもの、最近強くなったホノカを、殺人者にしたくないからですわ。残念ながら犯行の後に、取り消しているだけなのですが、・・・・・・それでもなんですの」
「だから何度も言うがよ、こんな連中―――」
「どんな連中だろうと、それを殺してしまっては、ホノカは殺人者です。殺した相手の罪によって、貴方の罪が相殺される訳じゃない。ホノカがあの3人を恨んだり憎んだりする真っ当な理由があっても、殺めてしまっては殺人者なのですわ」
「そんなきれい事、並べないでくれ。ギュアとはそういう教義とかじゃなく、本音で話したい」
「聖職者としてのきれい事なんかじゃありませんわ。半年前に貴方と出会った者として、いえ図々しい言い方なら、ホノカを拾った私の、わがままな本音なんですの」

半年前、ホノカはギュアに拾われた・・・いや救われたのだ。
要は冒頭のマーチャントと同じ。
・・・流石に、あんな暴走っぷりは無かったが、ホノカが助けに来なかったならマーチャントに訪れていたであろう結末と、同じ事がかつてホノカに降りかかったのだ。
ホノカがまだBSになる前、マーチャント時代の事だ。
とある廃墟を根城にする冒険者どもに囚われ、慰み者となってしまう。何日にもわたり何人もの男に身体をもてあそばれた。ホノカの精神が擦り切れる寸前、たまたま通りかかった、やはり当時アコライトだったギュアに助け出されたのだ。
ギュアとはそれ以来の付き合いで、ホノカの男性恐怖症と相成って、ただならぬ仲と仲間内で噂されていたりする。

「あんな悲しい思いを、辛い思いしたホノカが、罪を犯すのは嫌なのですの。ホノカを苦しめた人間と同じ立場で並んでしまうのは、悲しすぎますわ」
「けど、あたしはあんな連中ブチのめしたいんだ。・・・同じ目に合う人がいたなら、それを止めたい。そりゃ、痴漢やセクハラ相手にヤリ過ぎの時もあるけど、どうしても衝動が、・・・ブチのめさなきゃ怖いんだ、・・・・・・だから」


俯くホノカ。自然と自の体身を抱きかかえるように、両腕をまわしていた。
そんなホノカを見詰めながら、ギュアはため息を一つ附き、ホノカを両腕で包みこんだ。



「だから、“まぁ何人目でもよろしいですわ”ってことですの。ブチのめすなとは言いませんわ。ブチのめすならば、蘇生させる私のわがままも聞いてくださいましね。ホノカが過去と衝動から救われるまで、私はずっとそばにいますから」
「あ、ありがとうギュア。うん、これからもブチのめすよ」
「って、率先してヤらないで下さいましっ!! あくまで取り消しているだけなのですから、もう。ほら、さすらい狼を狙うのでしょ、もう時間がありませんわ急ぎましてよ」

ギュアは軽い諦めとちょっぴりの気恥ずかしさから、身を放してホノカを置いて歩き出す。
その後を、安心しきった顔のホノカが追いかけていった。彼女の顔には、あの薄笑いなんてどこにも無かった。



End




―  追記  ―

少し離れた樹の影。冒頭のマーチャントが顔を半分だけ覗かしていた。
二人のユリユリしたやり取りを、睨みつけていた事には、また別のお話。

「あの年増プリーストを亡き者にしなければ、ボクの想いは成就しない・・・ふふ、ふはは、待っててねボクのお姉さま♪」








という事で、夏コミでコピー本出した作品を公開・・・・・・いや、ネタストックから持ってきたものだけに・・・いろいろ突っ込みどころありますが、
幻想廃人好きです、はい。




 舌先から喉へ、甘い微発泡が流れ込んでくる。
 ほぅと自然に溜息を吐けば、体中の澱んだものが出て行くみたい。
 流石はシャンパンの銘品、カバァだね。よく、
 『シャンパーニュ地方のスパークリングワインのみを敬意を込めて”シャンパン”と呼ぶ』
 なんて言うけど、私はどうでも構わないと思う。
 美味しければいいんだもん。
 けど杏子は、そんな私よりも上を行く ”どうでもいいぶり” を発揮している。
 どれくらい ”どうでもいい” かというと、ゴディバのテラミィスと瀬戸内産のイリコを一緒にほお張り、シャンパンで一気に流し込んで、出てきた台詞が

「・・・・・・かったりぃ」

 破壊力抜群の、呑みっぷりと台詞の組み合わせね。

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「ちょっとぉ杏子。フラれたアンタを励ますために、わざわざみんな集まったのにその台詞?」
「激しく葉月の意見に同意するぞ。私だって有給とってきたし、鼓(つづみ)は旦那に実家帰ってもらってまで、家を会場提供したんだぞ、あ」

 私の意見を、亮子が後方支援。ちなみに葉月とは私のことね。
 一方、会場の提供主である鼓は、いつも通り健気にも杏子のフォローを入れる。

「私は構わなかったよ。ほら純一さんが喜一を連れてってくれたし、みんなとお酒飲みたかったし、杏子ちゃんがそう言う台詞いうのもいつもの事だし」

 鼓、最後のはフォローになってない。
 まぁ、いつもの事と言えばいつもの事なのだけど、高校からの親友四人が集まり、フラれた杏子を慰める。
 持ち寄ったお酒と食べ物も、いつも毎回各自の趣味に走っていて、共通性がなかったりする。

 私がちよっぴり高級志向の、ワインやシャンパン、チーズとブランドスイーツ。
 亮子はビール一筋。それも学生時代の留学先の影響受けまくりの、ドイツビールとソーセージ。
 鼓は缶チューハイ。流石は主婦と言うべきか、手作りの惣菜を披露している。と同時にイリコで健康嗜好なチョイスも忘れない。
 で今日の主賓の杏子は、いつもビールだけでなく流行りモノのカクテルなんかを織り交ぜているけど、今回は芋焼酎をピックアップしてきてくれた。

「だってさぁ、たるいんだもん。この年になるとフラれても、お祭って感じじゃないわよ」

 杏子は本当に気だるく続ける。
 若い頃は、フラれた事もイベントの一種だったと。
 フラれた事でヤケになったり、悲しさの反動でテンションがテッペンはいったり、もっと良い男を見つけてやるぞと闘志が湧いり、いつもと違う感情を楽しんでいた。
 さらに、悲劇のヒロインのつもりで悦に入ったりもできたそうだ。
 それが今では、ヤケにもならなければ悲しむ気力もない。頭を過ぎるのは、暗証番号を元カレの誕生日にした銀行口座をどうしようかという、自虐も誘えない面倒事とか言ってる。
 そんな聞くに堪えない杏子のグチ。

「うんうん、そうだよね」

 それに対して、・・・・・・一度もフラれたことの無い女が相槌を打ちやがった。

「ちょっ待て鼓っ!! 中学からのずっと一緒の彼氏と、大学卒業と同時に結婚と出産したくせに、何を言ってんの」
「ぅ〜ん何となく解るかなぁ〜って、にゃははは」
「たっく昔から鼓は、適当ってかおおらかってか……」

 まぁ突っ込みをいれた私も、実はフラれた事はない。私の場合は、フル前段階の関係になった事すらないんだけどね・・・・・・
でもね、私も何となく解る気がする。とくに年齢どうこうって所がね。

「確かに年かねぇ26ってのは。そろそろ芽が出ないとヤバイ年齢だよねぇ、私にとってはさぁ」

 ”マンガ家の卵” である私としては、はやく孵化しなければと思ってしまうお年頃だ。
 創作の世界では、年齢に関係なく誰も皆が、自分の殻を割ろうと、暗く小さな卵の中でもがいている。
 時々殻の外から聞こえてくる他の人の産声に、勇気付けられたり、喜んだり、妬んだりもする。やっぱり聞こえてきてしまう、孵化できなかった卵の泣声に、冷静に考え直してみたり、悲しんだり、嘲けったりもする。
 本当に年齢とか立場とか関係なく、誰もが厚く硬い殻の外の世界を、夢見て恐れて、時々は諦めて、でも諦めることなんて出来なくて、懸命に割ろうとしている。
 それでも卵には鮮度というものが関係してくる。ほかほか御飯にかける卵も、マンガ家の卵も一緒なんじゃないかなと最近考えている。
 新人賞受賞者のペンネームなんかより、その右に括弧で括られた年齢に目が行く私自身の行動に、焦りを覚えているから。

亮子も頷く。

「私だって葉月といっしょよ。入社5年目なんだから、もう実績作っておかなければ、この先の展望が見えない。後ろからは毎年新人が入って来る訳で、椅子の奪い合いは始ってるわ」
「へっへーん、私は関係ないね。OLなんて腰掛気分でいいもん。女は恋よ恋」

 フラれたばかりの女が、恋の重要性をといている。
ようやくエンジンが掛かったのか、杏子がメンソールのタバコ――― 銘柄はルーシア―――に火を付けながら亮子にくってかかる。

「誰かみたいに、仕事に逃避したりしないもんね。負け犬街道突っ走りたくないしぃ」
「仕事をなんだと思ってるの、遊びじゃないんだから。女とか男とか関係なく、人として何かをしたいの私は。だからエンジニアとして、」
「何度も聴いてますって、でも私は女子高生も短大生も楽しんだし、OLも楽しんだからフィナーレを飾りたいの、解る? 」
「惰性ね」
「そう惰性で結構、楽しけれゃいいのよ」

 昔からそう、杏子と亮子のケンカはこんな感じ。いつも同じだ。
 それを止める私の手法もいつも同じ。鼓に話を降って、方向性がズレつつも意外性たっぷりの意見を引き出すって手法。
 私は鼓の前に置かれた鶏の野菜巻きを取るフリをしつつ、彼女に視線で合図してから問い掛けた。

「で、年齢とかどう思う鼓は?」
「羨ましいな、私は」

う、羨ましい、と来ましたか。こりゃまた意外な返答で。
 哺乳瓶を持つ赤ちゃんみたいに、缶チューハイを両手で持って一口、二口。一児の母はちょっと間を空けてから語りだす。

「私、働いた事もバイトしたこともないから、自分で稼いだお金で食べるご飯が、どんな味なんだろうって考えちゃう」
「大した事はないわよ、男に奢らせたメシのほうが美味しいって」

 杏子のちゃちゃも、聞き流して鼓の語りは続く。

「そんな、安全な所で守られ続けた、何も知らない私が、喜一を育てる資格があるのかなって、・・・・・・不安、だよ。何も知らないもの、あの子に教えてやれることも、・・・・・・皆が知ってる事も、・・・・・・社会とか世界とか」

 呑みかけの缶をテーブルに置くと、鼓は下に俯き、ゆっくりと言葉を区切る。小柄な彼女が俯けば、私たちからはその表情は窺い知れない。

「恋とか愛とか言ってもね、純一さんしか・・・・・・男の人知らないし、ずっと一緒だったから、結婚前から家族みたいな感じだよ。・・・・・・家庭に早く入りすぎた。・・・・・・・・引きこもりと一緒だよ・・・これじゃ。羨ましい・・・な。だから私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くぅ〜」
「「「って寝るなぁーっ!!」」」

 今度は三人そろって突っ込んだ。








 その後直ぐに鼓は寝落ち。亮子も会社の愚痴を言いながらダウンした。

「なんか亮子の台詞、最後の頃のあの人と同じ。酔うたびに、自分の会社の事ばかり言って、私にとっては遠い他人の事だってのに。係長じゃなく俺に仕事を回せ、とか。俺が段取りを確保しといたから上手くいった、とか」

 ここは聴きに徹していようと、私は思った。ようやく彼女が、弱音とか本音とかを吐き出したのだから。そういったものを吐いたからって、建設的な考えやら手段が浮かぶ訳じゃないけど、ただ一時の救いにはなるのだから。もっと杏子には弱音を吐いてほしい。
 杏子は元恋人の逸話を、癖を、仕草を、18才の新しいカノジョを作って自分から去っていった男の全てを吐き出した。

「結婚考えてたのになぁ。自分も年だし、親も年だし、あの人しかいなかったし。鼓みたいに幸せな家庭を築きたかった」

 ここで私は、ある事に気がつく。

「ねぇ杏子、確かもう一人、付き合ってる男いなかった? たしか劇団員の」
「彼とは不安でね。本当に好きなんだけど、この人と一緒になったら将来とかどうだろうか、とかね。何か散々男の商品価値に目端を効かしてたら、好きな人と恋できなくなっちゃった」
「劇団員ねぇ、マンガ家に成れてもない私が言うのもなんだけど、確かに不安かな」

 杏子は頷く。けど愁いに瞼を震わせながら、未だ火の付いたタバコを灰皿代わりの空き缶へ入れる。

「私も芝居じたいが好きなんだ。4回だけ、公演の手伝いさせて貰ったの。あの熱い感覚初めてだった。学校のイベントとかとも違う、皆仲良くだけじゃなくて、なんだろ、鬩ぎあいっていうのかな。自分達で物語を現実に引き摺り降ろすんだ、って。けど私は才能無いし」

 杏子は額に張り付く髪を掻き揚げる。涙が滲んでいる事を隠しもせず、鼓の飲みさしの甘ったるい缶チューハイに手を伸ばした。

「だから私も羨ましい。才能のある葉月が羨ましい。私にも才能があれば、もっと人生を楽しめたかもしれない。何かを見つけられたかもしれない」

 自分には何も無い、と杏子は続ける。
 私の様に打ち込むものもない。亮子のように成し遂げようという仕事もない。鼓の様に育てようという子供もいない。
 何かムカついた。
 私は杏子から缶チューハイを奪いとって言ってやった。

「だったら今から、打ち込むものみつけろよ、仕事がんばれよ、子供でもつくりゃいいじゃん」

 私も酔ってる。くさいし訳の解んない台詞だし、なにより奪い取った缶チューハイの味なんて解んなかった。
日記日記小説
この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事・人としての礼儀・等とは関係無い筈なのですが、一部、事実が含まれる恐れが御座います。

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○月 ×日 晴れ

『ダッシュ・ダッシュ・奪取』



大木技師長の指揮のもと、公園の湿地にてヨシ・マコモなどの採取。
生きた状態のが必要なので、根っこを切らないように、丁寧に掘り起こすのがポイント。浅く広く根を張るタイプの植物だから、掘るというより、“めくる”感覚に近い。
あとは公園管理局に”無断”で採取しているので、こっそり掘るのもポイント。
以上2点に気をつけて作業していたら、偶然通りかかった隣の美術館の高橋さん(24歳女性)に目撃された。
・・・見張りを立てておくのもポイントだったかな?
 
「何やってんです!!。公園管理局に許可取ったんですか?! 緑地を荒らして、もう!!」
 
先週、美術館の植木に、モリアオガエルの卵を木がしなる程大量に生み付けさせた事を、まだ怒っているらしい。かなりケンカ腰だ。
今年は気温が高く雨も多かったから、両生類はベビーラッシュみたい。可愛いオタマジャクシがたくさん見られて嬉しいかぎりだ。けどあの時、高橋さんにその事を言ったら、スゲー怒ってイーゼルで殴られた。
 
「いや〜急ぎでねぇ。クロベンケイガニの水槽に、生えている状態で入れなゃ、ダメなんだぁ」
 
急ぎだからと弁明する技師長。
うんうん、急がなきゃ。新鮮な活きている葉っぱが無いと、あのヒトたち、かなり凄惨な共食い始めるから。

「それにどうせ公園の連中ぅ、シルバー人材に頼んで、植物の浄化能力を計算しないでぇ、バザバサ狩ってくべぇ。有効利用、有効利用ぅ」
「有効利用したかったら、許可を取ってからにしたらどうです」
「公園の池で、ホテイアオイを増やしすぎた時の事ぉ、まだ根に持ってるらしくてぇ。門前払いなんだよぉ」
「それは水族館側の自業自得でしょ」

あれは確かに自業自得かな・・・。植物で水質浄化してやる、とか言って勝手にホテイアオイを放り込んだら、爆発的に増殖しちゃって、恋人向けの手漕ぎボートがジャングルクルーズ風味になったもんな。

「でもホテイアオイは売れるぞぉ、ウォーターガーデニングでなぁ」
「商売に走るなっ!! 公共施設でしょうが」
 
怒る高橋さんと、のらりくらりと逃げる技師長。
県立公園と、その中に建つ美術館と水族館。仲悪いんだよな〜。・・・原因は何となくわかるけど。
ともあれ、引っこ抜いたブツを持ってトンズラ開始。






○月 △日 晴れのち雨(スコール?)

『中国ですから〜』


蒸し暑い上に風も無い、じっくり攻めて来るタイプの夏の日。金魚展の解説員をした。
夏といえば金魚。この身近で歴史のある魚を通して、多くの人に水環境の昔と今、そしてこれからを知ってもらう。それが金魚展の目的。
・・・・・・でも、なんで売り上げノルマがあるんだろう? 金魚展じゃなくて金魚店?
 
「どうです奥さん、この中国金魚。大陸風に睡蓮鉢で飼育ってもの良いじゃないですか。金魚鉢とは違う、上品さってのが在る、ほら奥さんみたいに」
 
ちょっとばかり、実演販売員と解説員の微妙な違いを間違えた気もするが、お客さんの反応は良い。
オリエンタルな雅に感動し、家庭での飼育方法を訊ねるお客さん続出。
うし、もう一押しして、金魚も買ってもらおう。もちろん飼育キット付でだ。
 
「金魚は赤いのに何ゆえ”金”魚と言うか、知ってますそこの奥さん、じゃ無かったお姉さん? 実は金魚は中国原産で、昔の中国の金は赤みをおびてるんですよ」

さらに畳み掛けるように、金魚が風水的に金運上昇のパワーがある事を、みのさんのテイストにアピール。
この段階になると、もはや“水環境の昔と今、そしてこれから“はドコへいったのかわからなくなってくる。
 
けど、外がスコールじみた急な雷雨となると、中国金魚に変化。
水面近くで背面泳ぎ。おお、さすが中国。金魚も雑技団じこみか?
・・・違う違う、気圧が一気に下がったから、水中の溶存酸素が急激に低下、窒息してんだ窒息。
客に気付かれたら不味い。
水族館で金魚が窒息なんて恥かしい。いやそれより、金魚の売上が落ちる。
仲間の解説員の一人が、慌てて酸素ボンベとO2ストーンを取りに駆け出す。
が、お客さんの一人が気付いてしまった。
 
「あれ?。この金魚、ひっくり帰ってますけど」
 
どうするよ?、何て答えるんだ・・・あっ
 
「中国の金魚は時々、こうやって泳ぐんですよ。あはは〜」
 
・・・ウソじゃないよね。








○月 (T▽T)日 晴れ

『女王様、痛いです』
 


渓流の女王とも呼ばれるヤマメ。
その美しい姿態と、釣った時の快感。
食べれば旨く、見る分にも躍動が素晴らしい。
けど、
 
「やだやだ、絶対にやだぁ〜。アタシはやらないからね」
「俺だってやらねぇよ、前も俺がやったんだから、他の奴やれよ」
「なぁ頼む。サメの水槽2回やるから、ヤマメ代りにやって、お願い」
 
研修員達からは、水槽掃除をスッゲー嫌われている。
理由は簡単、水温が低い。
渓流に棲む魚なものだから、12℃・・・うちらのドライスーツじゃ、全然防げません。冷たいんじゃなくて、痛いんです。
哀れにも担当になってしまった奴。水に入るなり悶えてる、悶えてる。
 
「支援を、支援をぉぉぉ!!」
 
意味は解らんが、気持ちはわかるなぁ。








○月 ××日 雨

『ビタワ○』


 
ホシガメ様の寝床のお掃除。
・・・なんで様付けなのかと言うと、
 
「保護飼育してるホシガメだけど、一匹14万〜20万円するから気を付けて扱えよ」
 
と、堀部学芸員の忠告。
20万、20万すよっ、奥さん!!しかも20万が、総勢16匹も飼育されているんすよ。・・・一匹くらいいなくなっても・・・
 
「持ち出して売ろうとするなよ。条件付で国内の取引がOKとは言え、ワシントン条約に引っかかった生き物だしな。関東の盗品ペットは関西へ、関西の盗品ペットは関東へ、ブローカーが仕切ってサバいてるから、素人じゃ金に返られないよ」
 
ワ、ワシントン条約っ!!
けど、お食べになってる餌は『ビタ○ン』。 カメなのに『ビ○ワン』。
家で飼ってる犬(雑種・もと野良犬)と同じだったりする。
 
「意外と粗食?」





○月 G日 曇り(雲の流れが速い)

『犯罪では?』


 
台風接近。
”水”商売という表記もアレだが、水族館は商売柄、水の扱いには慣れている。
館内はもちろん、敷地内の池やペンギンプールだって、台風が来てもへっちゃら。
浸水やら雨漏りやら、排水管からの逆流なんって事はありません。
けれど一ヶ所。公園水路の途中の溜め池。その近くに水が集まってしまう。
 
「溜め池の周りを、土手で区切っちゃってるから、どうしても水がたまるんだよ」
 
と副館長。
なんでも溜め池の底から、けっこうな量の湧水が出ているらしい。そのため溜め池の周囲に、高い土手を盛っている。公園水路への排水には、子供が遊べるように工夫した浅い小川が整備されて、夏場など家族連れの憩いの場になっている。
土手と水路の高低差を生かして、小川の流れは一方通行。水路の汚れた水が逆流することはなく、子供たちは安全な湧き水で遊べる仕組みになっている。
しかし大雨が降ると、土手の外側に雨水が溜まってしまう。そこでポンプとナイロン製の排水ホースを使って、公園水路へ直接流し込む。
 
「で、台風に備えて、土手の外側にポンプを5機ほど投入するんだよ」
「・・・副館長〜、増設したポンプ、全部他の施設の電源を使ってんですが」
 
5機のポンプの電源。3機は美術館の外部コンセント。2機は公園の売店の壁のコンセントに繋がってる。
 
「ああ、一ヶ所から電源取ると、ブレーカーが落ちちゃうからね」
「そうじゃなくて、よく許可が下りましたね」
 
両者との対立構造を考えると、許可なんて下りそうにないのだが。
 
「大丈夫だよ。ここら辺はもう直ぐ、水の底に沈んでコードは見えなくなるし、他も忙しくて気付きやしないからね」
 
お゛い。
 
「見付ったら、非常事態を理由にすれば良いし、それでも文句が出たら、館の排水をイジって相手の施設を水浸しに出来る、って言えば、お願いを聞いてくれるよ」
 
盗電 + 脅迫かよ





○月 V日

『かんちょう』


 
台風上陸っ!!。
当たり前だが、台風の日に水族館に来る人は少ない (でも少しはいる。うれしい♪) 。でも飼育員や研修員には、それほど影響はない。 ”解説” の仕事が減ったくらいだ。
だから今日も、透過天井の第1キーパースペースで作業、作業、また作業。
キーパースペースってのは、水槽の ”裏側” の事。
いくつもの水槽が展示されているが、その多くは水面上で、一つの大きな部屋に繋がっている。その部屋がキーパースペース。
同時に複数の水槽を管理する為の工夫だ。
 ”裏側” と言うより ”上側” だろうか?
まぁ、そのキーパースペースでは各水槽の管理だけでなく、貴重種の飼育や実験・観察。稚魚や植物の飼育。餌用の小魚やキンギョ、ザリガニの確保なんかをしている。
 
「なんか、雨がやたら五月蝿いっすね」
「そりゃそうだぁ。透過天井なんてぇ、熱と日光を通すほど薄い、樹脂板なんだからよぅ」
 
大木技師長は、ろ過機を分解しながら説明してくれる。
 
「生き物にとっちゃ、人工光よりもぅ、やっぱり日光の方がいいからなぁ。ガラスじゃ熱が     
 
その時、天井近くのスピーカーから内線。
 
「こちら館長。美術館側より支援要請が入った。増水により人手が欲しいとのこと、作業員各位は現時点をもって作業を中断し、速やかに向かってくれ。繰り返す、作業員各位は    」
 
・・・、あの芸風は、なかなかのもんだね。
 
「館長を艦長って呼んじゃダメでしょうか?」





○月 V2日

『聖なるガンガー』


 
台風直撃!!
 
「ポンプ増やしたのになぁ〜」
 
増水
あれほどポンプを増設したとはいえ、水路自体が溢れ出ては意味が無い。朝来て見たら、一晩で水路から水が溢れ出し、駐車場を特大の児童プールに変えてしまっていた。
大人の膝までの水深と、手ごろな深さだが、遊んでいる子供は幸いにしていない。
もっとも駐車場だけに、何台かの車が、ガンジス河の様な泥水にエンジンルームを浸し、静かに沐浴をしていた。
 
「まさに、お釈迦になってるってやつか」
「ガンジス河の沐浴は、ヒンドゥー教よ」
「え、そうだっけ。でもまぁ、神罰下ったってところだな。夜間の駐車はご遠慮願ってんのに、勝手に停めて自滅してんだから」
「そうよね、バカめってところよ、ハハハ」
 
研修員同士で談笑していると、堀部学芸員が、ぬぅっと登場。
いつも時間ギリギリに通勤してくるのに、今日は早い。
顔もお疲れモード。充血ウサウサ、目の下クマクマ。全体にむくんでいて、徹夜明け丸出しだ。
そして一言、
 
「宿直って知ってるか?」
 
え?!
・・・・・・宿直というと、もしかして、・・・。
あ、一際ご利益高そうに、深く沐浴しているロードスター。堀部さんのに似ている気が・・・





○月 SS日

『踊る大包囲網』


 
「こちら館長!、県警より協力要請だ。堀部学芸員は全ての研修員を引き連れ、直ちに出動してくれ。現場は国道○号線沿いの     

またカンチョウの趣味の入った放送がかかり、みんなで出撃。
で、場所は行き成り田園地帯のど真ん中〜。パトカーが何台か停まって、ちみっと物々しい雰囲気。
何事か? と思いきや、
 
「ホントだって、ウソじゃないよ。見たんだよこの目で。ガキだからってなめんなよ」
「そうだよ、こうイボイボしてて大っきいの。1mはあったよ。いやもっとあったかも」
 
興奮している小学生。ある生き物の目撃報告を、解りづらい身振り手振りを加えて叫んでる。
一方、警官達は半信半疑。
 
「って、子供達は言ってますが、いるモンなんですか、オオサンショウウオなんて。天然記念物でしょ、あれ」
 
そう、ある生き物とは、オオサンショウウオだ。
堀部さんは、無線の調整をしながら警官たちに、
 
「いいえ、天然記念物じゃないですよ」
「え、確か・・・」
「特別天然記念物ですよ。ついでに言えば、ワシントン条約にも引っかかってますが、たぶんそっちの関係でしょうな」
 
なにやら含みのある返答。
にしても、本当にオオサンショウウオ? 山奥に棲んでるイメージがあるが、ここって海に近い田園地帯。・・・この前の台風で流されたとしても、信憑性が低いなぁ。
どちらにしても、希少動物の保護は水族館のお仕事の一つ。
無線の調整も終ったみたいだし、ほんじゃ捕獲作戦≪メールシュトローム≫開始!!
 
『いたか〜?』
『いな〜い』
『いないわよ』
『敵機確認できません。索敵続行!!』
 
小学生の目撃地点を中心にして、その周囲200メートルの円形包囲網。その包囲網を、無線で連絡を取りつつ、渦のように螺旋を描き縮めていく。
田んぼの持ち主の農家には、ちゃんと許可も頂いている。それでも、緑の穂を膨らませ始めた稲を踏み倒さないように、慎重に足を運んだ。
それにしても台風の後で、水浸しになった田んぼ。ちとドブ臭い。こんなところにオオサンショウウオがいるのかねぇ〜。いる訳ねぇよ、とテキトーに探していたら、
 
「・・・いた。・・・マジでいたぞー!」
『お、いたか。うんじゃ何人かで捕獲してくれ。くれぐれも、ケガに気を付けてな』
 
少し呆気なく発見できて、みんながバシャバシャ集まってくる。
ふむ。相手は特別天然記念物だけに、おケガをさせないように数人がかりっすか。
集まるみんなの出す波にも、オオサンショウウオはのんびり平然。
もしもしオオサンショウウオさん、目、覚めてますか? ってくらいゆっくりと水中歩行。
しかも逃げるそぶりも無い。こちらの事など気にせず、行きたい方向に進んでいるだけ。
流石は癒し系両生類、でっぷりと丸いフォルムが、ゆらゆらと波に揺れている。
同じ両生類でも、近くにいたウシガエルは、慌ててぴょんぴょん飛び跳ねてるってのに、このヒトは全然慌てもしない。
ほらちょうど今、ウシガエルが君を飛び越えて先に逃げていくよ、まったく

その瞬間オオサンショウウオが動いた。

速い。
癒し系両生類なスタイルからは、想像なんて出来ない、残像をまとう程の速度。
飛び跳ねたカエルが頂点に達するよりも前。
自身も高く飛び跳ね、空中にて喰らい付く。
一撃。たった一撃で、ウシガエルを“八割がた”飲み込みんだ。
そう、八割だ。身体のパーセンテージの内、片足の太ももから下を20パーセントとするならば、オオサンショウウオはその部分を残して、ウシガエルを丸呑みにしやがった。
着水したヤツ近くに、ぼとりと、ウシガエルの太い後ろ足が転がる。
水面に浮かぶ後ろ足は、骨も筋繊維も見事なまでの断面を見せている。なのにまだ身体と繋がっているつもりなのか、片足だけで、本当に“片足だけ”になったというのに水面を蹴っている。
獰猛
まさにその一言。
 
もしかして、怪我に気を付けるって・・・、オオサンショウウオに怪我をさせないようにじゃなくて、俺達が怪我しないようにって事ですか?
この惨劇と真実を目の当たりにして、みんなの動きがぴたりと止む。
 
『どうした、誰か噛まれたか? もう一回言うけどケガに気を付けろよ。大きいヤツなら、子供の手くらい食いちぎるからな』
 
・・・・・・マジ?





○月 V2A日

『中国産にご注意』


 
「昨日のオオサンショウウオ、あれ中国産らいわよ」
「え、残留農薬バリバリ ? 」
 
って食わねーよ、あんな物騒な生き物!!
中国にもオオサンショウウオはいるが、日本のとちがって、イボイボがある。それが原産地の見分け方の一つとの事。
 
「じゃあ、飼い主は名乗り出てこないな」
「なんで ? 」
「名乗り出たら、即、逮捕だっての。ワシントン条約違反の密輸モンだぜ」
「しかも日本の川を泳いでいるから、中国に帰れないんだよな。寄生虫とかの関係で」
 
ホシガメさまと一緒で、うちの館で死ぬまで面倒見ることになるのかな、この分だと。
 
「故郷から連れ去られ、帰ることも叶わず、異国の地で孤独に朽ち果てるのか・・・」
 
あんな凶暴な奴だけど、かわいそう・・・だよな。





○月 V2V日

『とら、トラ、虎』



「「「ろ〜こっうぅおろっ〜しにぃ♪♪」」」
 
俺がサメの水槽を清掃していたら、大阪からの団体客が行き成り歌いだしやがった。
理由簡単。
サメの水槽用のウエットスーツは、黄色と黒の横縞トラ模様。
だからたぶん俺の事を、”仕事着をトラ模様にカスタマイズするくらいの阪神ファン”、とでも思ってんだろう。
そして昨日の阪神×中日戦。中日6点リードで迎えた9回、まさかの連発ホームランで阪神が逆転大勝利。
 
「「「そ〜てぇんかけっ〜るぅ♪♪」」」
 
・・・気持ちはわかるんだが、大声で歌うのは止めてもらいたい。魚によくないから
 
「「「かっがやくぅわがぁなぞぉ♪♪」」」
 
ええぇい、止めろってコラっ!! ウチの魚が阪神ファンになったらどうしてくれるんだ?!
俺が叫んだところで、こちらは水槽の中。レギュレーター咥えているし、水の中だ、全然あちらに伝わりっこない。
それどころか、俺の反応に対し、何故か陽気に手を振ってきやがった。
 
「「「と〜おっしぃはつっ〜らつぅ〜♪♪」」」
 
てめぇら、二番まで歌いだすんじゃねぇ!!
もう胸糞悪いんで、俺はとっとと水槽からあがった。
 
「ったく!!。何で歌いだすかな、俺の前で」
 
少し荒れる俺に、仲間達は、
 
「何荒れてんの、しょうがないって。たぶん君の事を、熱烈な阪神ファンだと思ったのよ。もしくは、阪神勝利を祝ってのサービスとか」
「そうそう。お客さんは知らないんだから、黄色と黒なのは単にサメ避けのカラーリング、って事」
 
色々なだめるが、お客はもちろん皆も知らない事が、もう一つだけある。
 
「俺、中日ファンなんだよ」





○月 ◇日
 『白い新兵器』


 
「落ちろ、落ちろ、落ちろーーーーーっ!!」
「くそ、こっちもダメだ。何でだ、何でなんだ!!」
「も、もう無理だ、俺は逃げるぞ」
「逃げるな!、何としても落すんだ。・・・全部は無理でも、せめて、せめて、お客から見える範囲の藻は落としてけ」
 
何やら気迫のこもった叫びが木霊するが、要はお掃除中です。
水族館の水槽の汚れで手強いのは、ミネラル分と藻。
藻ってのは御理解いただけると思う。一般の水槽でも見かけるもんね。
ミネラル分てのは、淡水でも無くは無いのだが、海水だとやたらと析出しやすい。
南洋の天然海水だろうと人工海水だろうと、ミネラル分は豊富。それが白く析出して、壁やガラス、アクリル面にこびり付くんだ。
大概の壁は、力任せにタワシやブラシをかければすむのだが・・・、問題はガラスとアクリル面。下手に力を込めてはキズが付いちまう。
完全な水中だったら、専用のポリッシャーとやわらかい研磨布で何とかなるのだけれど、
空気中や細かい箇所なんかは、どうしても手作業なんです。スポンジと片手に、力加減に注意しながらフキフキと。

「おぉいお前ら、これでも使ってみろぅ。新兵器だぞぅ」
 
そこへ大木技師長の登場。手には見慣れない白いスポンジ。
白い新兵器・・・何かの符号が重なる。
そして、
 
「おおお、落ちる。落ちるぞこれっ!!」
「なんて威力だ、この白い新兵器はバケモノか。藻だけでなくミネラルも落としていくぞ」
「しかも、傷がついてないよ、ほら。アクリル面を擦っても、傷がついていないんだよ」
 
いったい何なんだ、この白い新兵器は。
NASAの新素材か、それとも技師長の手作りかか?
 
「これだよぅ、よく落んだぁ」
 
技師長が取り出したのは・・・『茶渋のおちるスポンジ(お徳用)』
え?、お徳用・・・、一般の台所用品?。
しかもよく見れば、百円ショップの品物。
百円ショップってすげぇ。
けど、こんな物で水槽掃除している水族館も、ある意味すげぇ。






○月 □日 

『同業者』


 
真夏の炎天下、館の庭園部分で土木工事。
溜め池の土手の周りに、もう一つ池を作る計画。小川の付近はちゃんと残しつつ、段々畑っぽい田んぼを再現した池にするとの事。
春は田植え、夏はホタルやトンボ観察、秋には稲刈りと、入館者参加型の企画に使う予定。
いわゆるビオトープってやつです。
工事はかなり大掛かり。人力だけでは足りないので、県の土木課からショベルカーを一台借りたりしてます。副館長が取り扱い説明書読みながら操作しているのが、ちょっと恐いです。
直射日光浴びての作業でーすw。あははっ汗だらだらでーすw。水族館だってのに脱水症状でーすw。(何で笑ってるんだろ私? 自分でも解らない)
学芸員と聞くと、とっても”インテリ”とか”アカデミック”な幻想を抱く人がいるらしいけど、同じ学芸員でもいろいろあるよ。
かたや、タイトスカートのスーツをパリッと着こなし、そこいらのOLではかもし出せない、知的専門職な雰囲気を纏った人。
かたや、上だけ脱いだ作業つなぎを袖で腰に縛りつけ、建築現場のおっちゃんと変わりない、肉体労働者な汗を流している私。
 
「はぁ〜〜〜ぁ」
 
私が思わず吐いた溜息に、

「なによ、陣中見舞いにアイスコーヒー持ってきてあげたのに、嫌そうな顔をして。要らないならいいわよ、もう」
「そ、そう言う意味じゃないですよ高橋さん」
 
隣の美術館の高橋女史に、訂正というか弁解。
 
「ただ、ウチらは”研修”って付くけど、学芸員でも違いがあるな〜、って痛感してたんですよ。高橋さんは上品っていうか落着きっていうか。あ、頂きますねコーヒー」
 
お盆に乗ったグラス入りの、よく冷えたアイスコーヒー。しかも人数分、クリープ付き。
そこからして違うわ。ウチらの場合、2リットルのペットボトル入りの水を奪い合って飲むって言うのに。
 
「ああ、どうせ私はオバサン臭いっていうんでしょ。これでも24なのよ」
「だからそうじゃなく―――――」
 
クリープとガムシロップをたっぷり入れたコーヒー。それを飲みながら、更なる訂正と弁解をしようとしたんだけど・・・
 
「もう何なのよ、信じられないくらい不味そうな顔して、失礼ね」
「・・・・・・すみません。不味いんじゃないんです、汗かき過ぎて味覚が消えてたんです。・・・・」
 
”同業者とは思えない程”違いがある。
と、言いたかったんだけど、いえなくなった。だって、それ以上の違いが何かある、って確信したんだもん。
何て言うのかな、人間として扱われ方に違いがあるような・・・・・
 
 
2006.11.10 もくじ 
Ragnarok Online SideStory「ペットイーター」 

 ラグナロク時代にお世話になった方々を登場させてのお話。
 あんまりROっぽくないかも(汗

 prologue

 前編
 
 中篇

 後編


 エピローグ



同じ空の下で

 ROでは珍しい、キャラクターではなくプレーヤーのお話。
 以前に聞いた、実話をもとにした舞台シナリオを、RO風味に盛り付けました。

 □1□

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カソウユウギ(小説15禁?)
 やりたいトリックを試しに書いたお試し作品。騙されてくれた人いるかな〜?



『工場誘致に伴う水質対策説明会』

 昔書いたモノの手直し。自由研究やNHKスペシャルっぽいネタ。



『刃の記憶』

 小手先アレンジのお試し作品。物語の冒頭に持ってきたい短文です。

何故切れたはずの『―速度増加―』が、再びプリーストに宿った。
そのトリックをサララは見抜いていた。
それは単純なトリック。
『―速度増加―』が一瞬で掛けなおされたのではない。そもそも効果は時間切れになっていなかったのだ。
加護の効果時間がどれくらいかなどは、時計で測るのではなく体で覚えるものだ。
特別なことではない。駆け出しのアコライトだって、誰から言われること無く身に着ける。
スキルとは別の、聖職者の感覚的な必須技能。支援に特化した聖職者など、複数のパーティーメンバーに複数の加護を施し、そのすべての加護のタイミングを把握。よどみの無い支援を展開してみせる。
その体内時計で計測した加護の残り時間が僅かとなった時、この異端審問官は粗雑なトリックを仕掛けた。
ガルデンが、『―速度増加―』の時間切れを狙っていることは分かりきっていた。ならばそれを逆手に取ろうと、故意にロングメイスを失速して見せた。
予想以上な素直さで引っかかったガルデン。失速したのはロングメイスの振速のみで、ステップは高速のままだったというのに。

 open&close




「マスター、マス、マスター、マスターマスター、マスター」
ガルデンへ呼び掛け、サララは彼のもとへ駆け寄ろうとする。だがまともに立ち上がることも出来ず、石畳に顔面から倒れこんでしまう。
それでも、腕を伸ばし這い進む。ガルデンのもとへと這い進む。
異端審問官に殴られた時に吐き出した唾液は、彼女の手と服をべったりと濡らしている。
一歩もしくは一手進み度に、サララの手と服が田舎の肥沃な土壌とは違う、路地のすえた泥と砂埃に黒く汚れていく。
そんなことかまっていられない。口の中に砂礫が混じっても、歯を食い縛って腕を伸ばす。ざらついた石畳を掴み、前へ体を引き摺り寄せる。
懸命に這い進むサララを一瞥した異端審問官。まるで見せ付けるかの様に、ゆっくりとロングメイスを大きく振りかぶる。気付けば、本当に『―速度増加―』は切れていた。
振りかぶったロングメイスの標的は、這い進むサララではない。意識を失い横たわるガルデンに目掛け、振り下ろされようとしている。

「やめろ、やめてくれ。何ゆえこれ以上マスターを攻撃する必要がある。これ以上やったら、マスターが、マスターが死んでしまう。やめてくれ」
「この聖騎士は、殺しでもしなければまた起き上がりそうでな。なぁに殺してしまっても教団としてはかまわない。
もともとが行き過ぎた原理主義の演出が目的だ、ペットイーターの所業が悪辣になるならば、飼い主の殺害とてかまわぬ」
「やめ、やめろ。やめなければ許さぬぞ」
「どう、許さないというのだ。黙って見ていろ」

立ち上がる体力も、詠唱する魔力も尽きたサララは何も出来ない。ただ振り下ろされる鈍器を眺めるだけなのか・・・・・・。
嫌だ。
半狂乱になりながら、がむしゃらに腕を伸ばすサララ。指先が何か石畳とは違うものに触れても、それが何なのか確かめることも無く本能的に掴み、更に前へ腕を伸ばす。
だが、間に合うことはない。
無機質な鈍器は振りおろ ――――――

「や、やめ―――― 」
「ご主人様をいじめるなー!!」

その瞬間、ササラの背後からかん高い叫びが上がる。黒い影が飛び出した。
ムナックだ。
着崩れた衣服もそのままに、ただガルデンを守りたい一身で、異端審問官に向かっていく。
ペット化された時に闘争本能は消されたし、ムナック特有の、小刻みに上下のステップを踏む体術なんて忘れてしまっている。
それでも小さな手に握り締め、前のめりに重心を落とす。低く、低く、全力疾走で踊りかかる。どこか異端審問官のタックルに似た動きで、踏み込んでくる。
無謀にも踏み込んでくる。
とうの異端審問官は、動じることなくロングメイスを構えなおした。
当然だ。もとより彼女を潰すことが任務なのだから。いかに無残に潰すか、いかに狂気を演出するか。そういう仕事なのだから、動じる訳がない。
まして一次職でも対応できるような魔物など、このプリーストにとって脅威ではない。余裕をもって破壊の準備が整う。

「やめろーーーーーー!!」

ムナックとプリーストがぶつかる直前、今度はサララが叫びをあげた。同時に、先程掴んだ何かをプリーストへ目掛け投げつけた。
対人特化のメイス。
異端審問官自身がガルデンとの一合の後、投げ捨てた武器だ。凶悪な加護と過剰精錬の施された、その鉄の塊は頼りない軌跡を描き、――――届いた。
二つの鈍器がぶつかり、ロングメイスの軌道が僅かにずれる。ムナックの首から上を路上に撒き散らす予定だった鉄塊は、標的をかすめムナック帽子を大きく舞いあげた。

「なっ、そんなバ――――」
「あがぁぁぁぁあああっ」

帽子が舞い上がり、ムナックの素顔がさらされた瞬間に、突如として刹那の間が生じた。
それは拳一個分の間だ。
ムナックが拳を放つ。身長差と低姿勢から可能になる、真下から昇るようなアッパー。狙うは顎というより、喉元に一撃。
入った。
小さな拳が、屈強な体躯の喉に打ち込まれた。
ゆっくりと、ゆっくりとプリーストの身体が後ろへ倒れて行く。脱力した背中が、石畳に平行になる動きで無防備に倒れこんでゆく。
仮面の巨躯が沈むのを見届けるよりも先に、ムナック自身も事切れたようによろめきだす。千鳥足を踏みつつも、何とか体制を立て直そうとするが、それも叶わずついにはサララを押しつぶすように転倒。
自力で立つことも出来ないのに、ムナックは得意そうな笑顔でサララに宣言する。

「やりました。貴方が何も出来なかったアイツを倒して、私がご主人様を守りました。私の勝ちです」
「・・・・・・・・・ああ、そうだな。そなたの勝ちだ」

サララは何も言わず、ムナックの勝利宣言を肯定する。彼女が投げたメイスが無ければ、今頃ムナックには二度目の死が訪れていただろう。だがそんなこと、どうでもよかった。
大好きな人を守れた達成感に満ちた、ムナックの笑顔が見れたのだから、そんな事どうでもよかった。きっと、ガルデンが守りたかったのはこの笑顔なのだろう。
そういえば、ムナックの素顔を見たのはコレが始めてだと、今更気が付く。ムナック帽子とそれに付随するお札は、顔の上中下とほぼ全てを隠してしまう。
よく見ればまだまだ子供の面影を残す、12〜15才くらいの顔立ち。フェイヨン系民族の特徴の、アーモンド形の二重の目と小さい鼻。それが満面の笑みに輝いていた。
もしかしたら、はじめこのムナックに抱いた醜い嫉妬も、顔が見えないから増大したのかもしれない。
・・・・・・いや、それはあくまで願望だろう。自分はああいった醜い感情を抱く人間なのだと自覚するべきだ。自覚した上で制御してゆかねばならない。
そして、嫉妬を抱くほど、ガルデンへの思いがあるのだと痛感。

「何だかんだ悩んだところで、やはり好きなのだな」
「はい? 何ですか、よく聴こえなかったんですが?」
「いやなんでもない。それより退いてくれぬか、重い重くないに関わらず、体制として辛いものがあるぞ」
「いや、あははは、それが、足が震えて立てません。今になって怖くて、足も手も、震えちゃってるんです。にゃははは、力が全然はいりません」

なんとも可愛らしいと感じてしまう。サララは思わず笑みがこぼし、そっとムナックを抱きしめる。

「へっ? え、ぇ?」
「なら、このままじっとしていろ」
「ちょっと、あの・・・はい、じっとしてます。何か、こういうの、良いですね・・・・・・・・・・・・ってああーー、まって、放してください。早く、ああー大変ですよ、あーー、あいつが。早く放して」
「ん?・・・どうした・・・・・・・・何っ、あの化け物め」

サララも、それに気付く。
ムナックの一撃で沈んだはずのプリーストが、静かにたたずんでいた。プロンテラの路地裏の、星の見えない四角く切り取られた夜空を背負い、石畳に転がったサララ達を仮面が見下ろす。
近づいてくる。
ゆっくりと近づいてくる。
ブーツの内側を路面に擦り付ける様に、血まみれの右足を引き摺り、ゆっくりと近づいてくる。どうしようもない恐怖が、ゆっくりと近づいてくる。
その手に鈍器はなく。躊躇うように、こちらに差し出してくる。身体ごと近づきながら、二度、三度と手を引き戻す姿に、戦闘の意思は見られない。むしろプリーストのほうが警戒している。
何を警戒しているというのだ。
サララは、逃げ出すことも出来ない。立ち上がることも出来ない。ただ緊張だけが質量を増し加速していく。それでも、体は自然と腕の中のムナックを守るように抱きかかえていた。
鉄鋲の打たれたブーツと粗い路面が発するザラついた音の他に、かすかに何かが聞こえてきた。
それはプリーストが力なくこぼす呟き。

「レ・・・、鈴竜(レイロン)、・・・鈴竜なのか・・・」

レイロン? いったい何のことだ?――――わからない。
サララには解らなくとも、ムナックは目を見開く。
恐る恐る視線をプリーストへと向け、次いで顔を向ける。
その瞬間、プリーストは無理に大きく前へ出ようとした。もともと不安定だった重心が、完全にぐずれる。
転倒。そして強打。
受身も取らず左肩から倒れこんだ。左腕は身体の下敷きになったが、右腕はこちらへ――――ムナックを求め伸ばされていた。

「間違いない鈴龍だ。鈴龍、俺だ判るか? 牙龍(ヤンロン)だ、俺だ、判らないのか」

このプリーストは、生前のムナックを知っているとでも言うのか。もしや、二人の関係は・・・・・・・・・、
まさか、そんな事がありえるものか。どうせ、遂にこの男は、ガルデンやムナックの攻撃のダメージが脳にまで達し――――

「・・・・・・・・・ほ、お兄ちゃん?」

“もしや” や “まさか” 、“どうせ” と、サララが否定しようとしたモノを、ムナックが一言で肯定してしまった。

「鈴龍っ。ああ俺だ、お兄ちゃんだ。」

ムナックの問いに応えたプリーストが、仮面を剥ぎ取る。現れたのは、あれだけの戦闘をこなす猛者とは思えない、以外にも中世的な顔。
そのつくりはムナックと、瓜二つではないが、あまりにも似ていた。そして微かにだが、ガルデンにも似ていた。
死別した兄妹の再会。それは“もしや” でも “まさか” でもなく、目の前で起きていた。
かたやプロンテラ教団の尖兵として、かたや黄泉帰りし不死者として。別離の後道のりは、あまりにも違う二人。互いにどう切り出せば解らない。
兄は身動きもとれず、転倒した位置から前へ進むことが出来ない
妹は涙でにじんだ視線を、目の前の兄と、少し離れた所で倒れている現在の飼い主との間を、何度も行き来させる。
そして、

「知らない」

再会した兄を、拒絶を示した。

「な、何を、今、俺のことを・・・」
「知らない知らない知らない、知らない。ご主人様を、ご主人様をあんなふうにする人なんて、お兄ちゃんなんて知らない」

ムナック ―― 鈴龍は牙龍から目をそらし、サララにしがみ付いてくる。
それは絶望に放心している兄から見れば、完全な拒絶のように見えてしまうだろう。だが、しがみ付かれているサララには判る。・・・・・・・・・判ってしまう。
知らない、とつぶやき続ける鈴龍だが、それは直ぐに涙と嗚咽に取って代わられ、最後にはろくな発音もできなくなってきた。只々しがみ付き声を殺して泣くだけになった頃、サララは耳元で囁きかけた。

「安心しろ。そなたが兄の事を思い出しても、マスターへの想いは嘘にはなったりはせぬ。マスターは言ったのだろ、守ってやる、と」

鈴龍の嗚咽が止まり、サララの顔を見上げてくる。

「仮にそなたが、マスターに兄の面影を重ねていたとしても、死者になろうとも兄のいるアルベルタに行きたいと思い続けても、
あんなマスターだ、惚れてしまうような恥ずかしい台詞や行動を平気でやらかして、その実マスター自身は気付いていない、そんなところだろ」
「ん、ぅ、うん、ん」

言葉につまりながら鈴龍はうなずく。
サララは彼女の頭をなでてやる。懐から出したレースのハンカチで、その涙をぬぐってやる。そんなことが自然と出来てしまう。それくらいムナックの気持ちがわかるのだ。
なぜなら、

「なら問題ない、そなたのマスターへの思いは本当のものだ、嘘なんかにはならない。そのなんだ、同じくマスターの事がす、好きな私が言うのだ。間違いないぞ」

言った途端に、サララの顔が真っ赤に火照る。頬といわずうなじや指先まで赤く染まりだす。
大きな瞳で見つめ返してくる鈴龍を見ることなんで出来ない。あさっての方向に顔を向けた。
何か場違いな事を言ってしまったのでは? と不安が駆け上ってくる。じっとり湧き出した汗を、今度はハンカチを自分に使ってぬぐっていく。
よっぽど動転しているのか、「こんな派手なレースのハンカチなど持っていたか?・・・も、もしやコレは」などと、まったく関係ない考えがよぎっていると、

「ありがとう、・・・・・・サララさん」

鈴龍が短く感謝の言葉を発した。いや、初めてサララの事を名前で呼んでくれた。

「そうか。なら私なんかではなく、バカ兄貴に抱きついて来い・・・・・・鈴龍」
「うん」

もう震えることの無い足で立ち上がり、鈴龍は歩き出す。たとえ足元がぐらつくとも、死後も求め続けた温もりが目の前にいる。
やっと出会えた兄がいる。だから倒れかけたなら、そのまま兄の広い胸に飛び込めば良い。ぶつかっても、押しつぶしたって許してくれる。だって、お兄ちゃんなのだから。
牙龍もかまわなかった。倒れこんでくる妹を受け止めようと、ろくに動かない身体を起こし、血まみれの右足で膝立ちになる。
それでも、文字通り倒れこむ鈴龍を受け止めることは出来ず、二人とも転がるように抱き合った。無駄なことは何も言わず、ただ兄妹は抱き合う。
何年もの間止まったままだった時間と、何年もの間懸命にもがき続けた時間が、いっしょに動き出した。これで漸く終ったのだ。
そう思うとサララは、ガラにも無く目尻が熱く潤んでしまう。
良かった、そう思えるだけなのに。単に、昏倒しているガルデンも含めて、この場の皆が一番素直な気持ちになっただけなのに、どうしようもなく涙が込上げてしまう。




「で、いつになったらその魔物を潰すんだい?」

大型獣を思わす深く響くヴァリトンが、路地に木霊する。不機嫌なグリズリーが人語を話したら、こんな感じになるのだろうか。

「だから、いつになったらそいつを潰すんだっ? てんだよ」

声のする方を振り返れば、路地の一角に一人の男ロードナイト。壁に寄りかかり腕を組む姿は、それだけで野獣の様な存在感を放っている。
彼が声の主で間違いないだろう。歳の頃は20代後半。無骨な装甲は使い込まれ、腰には禍々しい妖刀―――村雨―――を引っさげている。
その彼の背後では、完全武装のナイトが数人、それともう一人のロードナイトが、サララに倒されたプリースト達を荷物でも扱うように、氷の残骸から乱暴に運び出している
思わずサララは呟いた

「・・・プロンテラ騎士団?」
「おおよ、プロンテラ騎士団タロット中隊、タワー小隊だ。俺はデューマってもんだ。宜しくたのんまぁ、お嬢ちゃん」

組んだ腕を解くことなく、デューマというロードナイトは答えた。そして、

「何度も言うが、いつになったらそこの坊さんは、その魔物を潰すんだよ。教団の手はず通りな」
「な、何を言っているのだ。そなたこの二人が、今やっと出会えた事をわかっているであろう」
「わかっているさ、そんくらいな」

三度目にして漸く、言葉の意味する事を理解できた。
このロードナイトは、牙龍にその手で、奇跡的に再会できた妹に二回目の死を与えろと言っているのだ。
不遇の死をとげた家族と同じ悲劇を繰り返したくない、そのために教団に入った兄に、目の前の妹を殺せといっているのだ。
そんなことを、
そんなことを、・・・・・・・・・サララは認められない。

「そんなことを、出来るものか!! そなた、これ以上この兄妹を追いやって、何になるというのだ」
「じゃあどうするてんだい。今運んでるクソみてぇなバカ共は、明日の朝にはきれいさっぱり釈放だぜ。無頼の冒険者のプリーストと、教団の正規の出家神官は訳が違うんだ」
「なぜ釈放なのだ。現にヤツラは、鈴龍を襲いに来たであろう。ペットイーターの罪状で立件可能ではないか」
「証拠がねぇんだよ。死体がねぇんだよ。ついでに冒険者の発言権はゼロに等しぃんだよ。嬢ちゃん、あんたが何と言おうが、やつらが「酔った冒険者に絡まれた」と言えば、そうなっちまうんだよ」

鈴龍の死体がない以上、“異端審問官たちがムナックである彼女を狙っていた“、とは立証できない。現行犯逮捕、それが立件する条件だというのだ。・・・しかもそれは、器物破損としてだ。
ならば、ガルデンと牙龍によるおとり捜査であることを公開すれば、・・・・・・・それでは意味がない。

「解ってんだろ、仮に全部教団上層部の筋書きだったとゲロしても、教団内部の内ゲバを解決するどころか、煽るだけだってのは。まぁ俺はそれでもかまわねぇがな」

外部勢力に助力を頼んでまでのおとり捜査。そんな事をした上層部と、好戦的な若手や原理主義勢力との、決定的な対立を生み出すだけだ。
教団が内側から、その組織としての機能を失ってしまったならば、牙龍が望む福祉活動なんて、まともに行えなくなる。
今回はおとり捜査などではなく、うっかりペットイーターが露見した事にしなければならない。
鈴龍が出来る限り残忍に殺され、その場に偶然デューマ達が駆けつける。そんなシナリオでなければならないのだ。

「オトし所って言うのなら、そこの坊さんは、オトし所を選べるほど手はきれいなんかい?」

牙龍が震えてこちら見る。まるで彼さえも、無力なキューペットになってしまったかのように、デューマの言葉と視線に心から怯えている。
彼の怯えるさまが、デューマには余程不愉快だったようだ。傷ついた武僧へさらに不機嫌な声で、金属のように冷たく緩衝の無い言葉を叩きつける。

「今まで何体のペットや、時にはその飼い主も潰してきたんだ?  いや、教団の使命って事で、要人暗殺ってやつもしてんじゃねえのか、え?」
「やめろ。あの者とて、望んだ訳ではなく、使命として仕方なく―――――」
「仕方が無かったら、今まで殺された連中はどうするんだ。今回は標的が実は妹でした、だから殺しません、それが許されるような人間か、あん、おい坊さん、あんたはそんな人間か?」

デューマの言葉に、もはや牙龍は太刀打ちできない。
今までに残してきた血とドブ泥にまみれた足跡を、再会したばかりの妹にぶちまけられる恐怖。
その足跡がたどる道の先には、妹さえも路傍のゴミとして踏み越えねば進めないという恐怖。
そして何より、今にも妹が、自分のために自己犠牲を申し出るのではないかという恐怖。
ただ恐怖に震えることでしか出来ない兄。妹を強く想うあまり、何もしてやれることが出来ない。
一方の妹もまた兄を強く想う。だからこそ、兄が最も恐れる自己犠牲の選択肢を選ぼうとする。兄と同じく、ガタガタと身体も声も震えながら、

「お兄ちゃん、私は大丈夫だから。お兄ちゃんに会えたし、好きな人に守ってもらえたし、サララさんにも認めてもらえたから。ね、私はもう大丈夫だから」
「鈴龍、そんな無理だ、俺には無理だ、俺には」
「大丈夫だから。だから泣かないで、こんど生まれ変われたら、―――――」

あの夕立の中でソヒーを潰した光景がフラッシュバックを起こす。
“―――だ・か・ら・な・か・な・い・で。・こ・ん・ど・ま・た・う・ま・れ・か・――――” 
激しい雨が身体を打つ感覚が、華奢な頭蓋骨を砕く手応えが、粘つく血と温かな脂肪片の感触が、発せられなかった声が、目の前の妹と交じり合い明滅を巻き起こした。
まるで、あの時既に自分は、妹を手にかけてしまったような錯覚におちいる。
助けを求めるのが見知らぬソヒーではなく、妹であるムナックに描き変えられた映像。その妹に自分は、何度も、何度も、数えるのがバカらしいくらいの回数、メイスを叩き付け・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・ 関係ないっ!!関係ないであろう、そんなことはっ!!」

サララが上げた叫びが、牙龍の混乱を一蹴に断ち切った。
別に彼に向けられた言葉ではない。それはデューマへ向けられた、抵抗と否定の意思。
その言葉は、ガルデンの視線に似ていた。虚ろな脚で立ち上がりながらも牙龍を正面捉え、絶対に曲げない意志の込められた、あの時の視線と同じ響きがあった。

「おいおい嬢ちゃん、そいつの罪は全部チャラになるって言うのかい?」
「だから関係ないと言っている。このバカ兄貴の過去に何があろうとも、教団がどんなに薄汚い場所でも、あのコには関係ないであろう。
鈴龍は何もしていない。やっと出会えた兄に、殺されなければならない事なんてしてはいない。何で鈴龍が、また死ななければならないのだ。あのコが死んでいいはずがないっ!!」

選ぶ側の手が血に汚れていたら、選ばれる側もその制約を受けなければならないのか?
違う。
そもそも牙龍が選ぶ側で、鈴龍が選ばれる側という決まりなんて無い。鈴龍が何を望むかという事だ。
彼女が助けを望んだならば、ガルデンでもサララでも、そして牙龍でも、誰が助けだしてもかまわない。
逆に自分の手が血に汚れているからと、助けを求めた彼女の手を打ち払って良い者などいないのだ。

「守ったり助けたりする権利が無い。そんなことは、守られる側助けられる側に関係ない。このコがまた殺されて良い理由なんて、何処にもないであろう」

陳腐で甘いことは百も承知。それでも、間違ってはいない事だけは確かな事実。誰も鈴龍を政治の生贄にしても良い奴なんていない。
その事に気付けるからこそ、サララの訴えの前に、誰もが身動きを取れない。今まで余裕を見せていたデューマでさえもだ。
あれほど不機嫌だった顔を、鳩が豆鉄砲を食らったようにしている。グリズリーから一転、ティディベアを連想するほどに、きょとんとしている。
が、一転。どこか含み笑いをおびた、現在進行中の悪戯が楽しくて仕方が無い少年の様な顔になる。

「なかなか吠えるねぇ。嬢ちゃん、じゃあオトし所が他にあるって言うのかい。もしねぇってんだったら、俺が―――― 」
「ある。婦女暴行だ」
「・・・はぁ〜〜???   おい、おいおいおい、嬢ちゃんもう一回言ってくれないか。俺の耳がおかしくなければ、今アンタは婦女暴行って言ってるんだが・・・・・・」

悪戯小僧の顔が再びテディベアに戻っている。意外とこのデューマという男、表情豊だ。

「だから婦女暴行だ、こんなセリフを何度も言わせるでない。つまりバカ兄貴の罪状を婦女暴行にすれば良い。
嫌な言い方だが、教団としては獣姦の扱いになるかも知れぬがな」
「つまり嬢ちゃん、あの着衣の乱れたムナックが、異端審問官にヤられた・・・という事か。いくら現行犯逮捕にでっち上げるとはいえ、物証もねえじゃなあ」
「物証もある。おいバカ兄貴、仮面の代わりに “これ“ を被れ」

サララは傷ついた身体を起こし、手にしていたハンカチを牙龍に投げつける。
涙や汗を吸い湿ったレースの布切れ。乾いた布よりは、それなりな軌道を描き、牙龍の手元に届いた。
が、・・・牙龍は右手キャッチした瞬間からおかしな感触に気が付く。
ハンカチなのに、何故かゴムが内側に縫い付けてある。不思議に思いながら、妹から左手も放し、そのハンカチを広げてみた。
ひどく斬新なハンカチだった。
デザインは黒地にバラが描かれ、全体が透けたつくりになっている。そして何より、鋭角二等辺三角形と鈍角二等辺三角形を合わせた三次元構造を持ち、連結部にはアジャスターまで備えている。
そう、まるで女性物の下着のようなハンカチだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・明らかに下着だ。しかも、かなり勝負用な下着だ。
それもそのはず、今までハンカチかと思っていた物は、夕方にルファが選び、サララが誤って万引きしてしまった下着なのだから。
沈黙
先程のサララの訴えとは、別の系統の静寂が、しばしあたりを支配する。
サララ以外の者は、この下着がルファのセレクションによるものだと知る由もない。ゆえに、皆がそれぞれの思惑の篭った支線をサララに向ける。
沈黙を破ったのは、初心な娘の様に頬を朱に染めた、牙龍の問いだった。

「・・・・・・か、かぶれというのかコレを? その何だ、・・・お前は、かまわないのか、ほらアレだ、なあ?」
「黙れっ!!、未使用だ。それから未使用だと判って微妙に残念がるでないっ!!」
「なあ嬢ちゃん。俺らはそこ坊さんと違って、未使用でも使用済みでもどうでもいいが、どうしてそいつが物証になるってんだ?」
「いいか私は真面目に発言するぞ。その、・・・・・・・・・・・・はいてない・・・のだ」
「いや、嬢ちゃんのはいてない趣味は関係なくてな、物証が―――――― 」
「私ではないっ!!。あのコだ、鈴龍がはいてないのだ」

指摘された鈴龍本人は、いっさい慌てることなく、

「はい、ブラとかパンツって窮屈で、はいていませんよ。たぶん、死ぬ前からはいてなかったと思いますが」

さらりと問題発言をかましやがった。
あまりの発言に指摘したサララさえも絶句する。
異端審問官が現れる前にやりあった、妙な取っ組み合いの時に気が付いたのだが、まさか生前からノーパンノーブラだったとは思いもしなかった。
てっきり埋葬かムナックとなった時のどちらかで、はかなかったのかと思っていたのだが・・・。ブラしないほうが大きく育つのか・・・
フェイヨン地方の文化なのか、それとも貧困にあえぐ寒村では、年頃の娘に下着をそろえるのも困難だったのか、ともあれ、

「説明しなおすぞ、よいな。着衣が乱れ下着をはいていないムナックと、傷つき倒れた飼い主。
そして、湿った下着をかぶった異端審問官。これがそろえば婦女暴行も立件できるではないのか」

あんまりと言えばあんまりなサララの作戦に、流石のデューマも判断しかねている。
すると副官らしきロードナイトが、背後からデューマに進言してきた。大型の野獣を思わすデューマとは対照的に、剣や甲冑よりもワイングラスとフォーマルスーツが似合いそうな、貴族のような優男。

「よろしいではありませんか隊長、被疑者の異常性を演出できるならば、我々騎士団もクライアントである教団上層部も、何も問題はありません。むしろ―――」

“むしろ“の後に副官は区切りを入れて、言葉の先に毒をたっぷり塗り込んだ口調に変える。

「何処かのSTR特化な誰かが演じようされていた、手の込んだ小道具を使った三文芝居より、よっぽどマシかと思いますが」
「チッ、うっせーんだよゼロ=ハル、とっととクソバカ共を運んどけ」
「ええ、被疑者3名を確保。護送準備整いましたので、従卒1名を残しこれより先に帰等したいと思います。手はず通り雑居房に拘留しておきますよ。でどうしますか?」
「ああ分かった分かった」

何故かばつが悪そうなデューマ。副官を振り返ることなく返答した。

「それは、我々の帰等許可が下りたという事ですか、それとも別の意味も含みますか? 本官はINTが少ないので、具体的に言って下さらないと分からないもので」

慇懃無礼な副官は、再度言葉に滴るような毒を塗りこむ。視線は、質問しながらも親ネコが仔ネコをあしらう時の様な視線だ。およそ上官に向けるものでは無い。もしかしたら、隊長と副官というのは肩書きだけで、本人達自身はあまり上下関係がないのだろうか?

「両方だ、両方。クソバカ共は運んどけ、それと嬢ちゃんの案は採用だよ。これで文句ねぇだろ、あん」

ふくれっ面になったデューマのこの発言が、やっと訪れたガルデンとサララの勝利だ。ガルデンが守りたかったものを、守りきれた瞬間だった。