ライ麦狼の寝床

このブログはフィクションであり、実在の (以下略

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2011 トルコ旅行編 目次

DATE: 2012. 11. 27 CATEGORY: トルコ旅行
2011年 7月に旅したトルコ旅行の思い出を留めようという、個人的な備忘録です。

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テーマ: 海外旅行記
ジャンル: 旅行

古代都市エフィソス

DATE: 2012. 11. 20 CATEGORY: トルコ旅行
ということで、トルコ滞在三日目。バスツアー二日目でございますっ!
この日も古代都市遺跡の観光ですが、昨日のトロイなんかよりも、規模がすごかですよ、はい。

知名度だけなら、トロイの方が上なんでしょうけど、
規模と中身はこちらが上、その名もエフィス。もしくはエフィソスです。

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古代都市が丸ごと、遺跡として発掘されているのです。
その存在感は、もうファンタジー世界に、片足突っ込むどころか、全身でダイブしちゃっております。
う~ん、昨日のトロイが、駆け出し…じゃないけど割と初心者の冒険者が、ゴブリン~オークあたりを相手にしていそうでしたが、
こちらは、ゴーレムやガーゴイルぐらいはでそうですし、夜になったらリッチなど、高位のアンデット系もエンカウントしそう。
一生懸命地面を調べれば、まだ踏破されていないダンジョンが見つかったり、
ちょいと粋なマジックアイテムなんぞも入手できそうな、そんな雰囲気です。





遺跡の前に立ち寄った皮細工のお土産屋さん。
何故か店の奥にあるステージ。

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あろうことかライ麦狼がステージにひっぱりあげられて、
そのまま舞台袖へ拉致。何やら重厚な革ジャケットや、
高そうな靴を着せられてしまいました。

……事前説明もなければ、舞台袖での打合せもありません。
なのにステージへぐいぐい押し出されてしまう…
………
…………やるしかねぇ…もう、やるしかねぇんだっ!!

頭の中が真っ白になりながらも、
なれないモデル歩きでステージをぐるりと周回。
その動きは、ファッションモデルというより、
田舎のラッパーみたいなぎこちないモノでした。

そーいう、消し去りたい記憶も忘れた…と、
錯覚をさせてくれる位に、大規模遺跡群でしたよ~







現地に到着したのは午前中。まだまだ太陽が、てっぺんにも届いていない時間帯です。
それでも、突き抜けるように高く晴れた空からは、遠くの輪郭が、白くにじむ程の日差しが降り注いでいました。
乾いた地面からの照り返しばかりか、周囲を取り囲む大理石の遺物からの反射も多く、
昨日のトロイが風に包まれていたならば、こちらは、くらくらする程の光に包まれた遺跡という感じでした。
それにしても人が多いです。
行き交う観光客の多さがまた、かつて都市だった雰囲気を再現しているかのようです。

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このエフィソスは、紀元前11世紀にエーゲ海に接する港町として、ここから少し離れた場所にイオニア人が作ったのが始まり。
けれども紀元前287年、やっぱりトロイ同じく土砂の堆積やマラリアの蔓延が起きてしまい、現在の場所に遷都。
そこからローマ帝国有数の大都市へと変貌し、数世紀の間、文明と繁栄を謳歌します。
最大時の人口で25万人というのですから、ほぼ同じ時期に、弥生時代か縄文後期という日本とは大違いです

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こちらがヴァリウスの浴場。
都市市民が貧富の差なく利用できた公衆浴場です。
他にも浴場はいくつかあったそうで、中には港町らしく、長い航海で汚れた船乗り達用に、港にも浴場が作られていたそうです。
まさにテルマエロマエの世界ですね。


これは2世紀にたてられた小音楽堂。これでも小なんです。
小とつくくらいですから、これよりバカデカいモノが存在しやがります。

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当時は屋根もあったそうで、音の反響も良く、コンサートだけでなく会議などにも使われていたそうです。
現在となっては屋根はありませんがませんが、最上段の席に立てば、ぐるりと周囲を見渡せます。

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谷底を埋め尽くす、物哀しげな遺跡群。
大きな柱や建造物以外にも、雑多な草むらや茶色い表土を突き破り、至る所から人工的な大理石がぴょこっと頭を出していました。
そんな、遺跡に埋もれた石畳の坂道を下って行きます。

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こちらはギリシャ神話に出てくる半神半人の英雄、ヘラクレスの像です。
ここがギリシャ文化の流れを色濃く受け継ぐ、ローマ帝国の都市だった証拠でもあります。

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トルコ。そう聞くと日本からみるイメージは、文化的に中東よりなイメージを抱きますが、
こういった点では、けっこーヨーロッパなんですよ。
ちなみにこの像は、動物虐待の場面ではありません。
ヘラクレスが、ネメアのライオンという「刃物の攻撃無効スキル」を保有している、トンデモなライオンを絞め殺している場面です。
現在のタロットの、"力"のカードのデザインにもなっている、有名なシーンなんですよ。
「刃物の攻撃無効スキル」って何よ? 
と言われてしまうかもしれませんが、このライオンさん血筋的には、かなり凄いひとです
ケルベロスやヒュドラの異父兄弟にあたり、スフィンクスに至っては、実の兄妹らしいんです
兄貴は英雄のやられ役として、名前もないライオン。
かたや妹は、エジプトにでっかい像が建てられた上に、至る所で守り神的に扱われる

………何だろう、同じ兄妹でもこの格差。

と、哀れに思ってしまいますが、何気にこのライオンさん、ちゃっかり獅子座になって黄道12星座に収まっていたりします。



他にもヨーロッパっぽいところで、キリスト教の十字架なんぞも見かけたりしました。
ローマ時代に刻まれたのか、もっと後の時代のモノか判りませんが、

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聖母マリアが、キリストの死後に余生を暮らした場所とも聞きますし、聖パウロさんが、張り切って布教していた場所でもあるらしいです。



こちらはハドリアヌス神殿。
エフィスの裕福な市民が、皇帝ハドリアヌスへ献上した神殿です。
入口アーチのてっぺんには、なんとメデューサが彫られていて睨みを利かせています。

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流石は皇帝への献上品。メデューサを門番に持ってくるのは、レベルが高いです。
と、やたらハイレベルな鬼瓦的意味もあったのでしょうが、
…ここはトルコ。アナトリア半島とも呼ばれる地域です。
もともとメデューサは、このアナトリア半島の古い神話に出てくる主神の一柱
シャフメランという別の女神ともルーツは同じなのかもしれません
それがギリシャ神話に組み込まれる過程で、ポセイドンの愛人として描かれたり、アテナの怒り買って魔物にされたりと、踏んだり蹴ったりな存在。
アナトリア半島の都市に彫られたメデューサが、ただの鬼瓦としての意味だけでなく、現地のもっと古い時代の意味も込められ、遠いローマの皇帝に献上されていたと
……そんな深読みをしたくなっちゃいます。


クレティア通りという石畳の道を下っていくと、どどんと姿を現すのが、ケルススの図書館です。
デカイです。
紀元117年に完成した巨大な図書館。エジプトのアレキサンドリアの図書館と、同レベルの図書館だったと言うのだから凄いです。

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ですが、こちらもアレキサンドリアの図書館と同じく、のちの時代に焼失してしまい、今は外壁の一部のみが残るそうです。
柱や壁はもちろん、天井にまで細かなレリーフが刻まれています。
多くの観光客が、全体像とレリーフを撮影しようと、地面にしゃがみ込んだり、無茶なローアングルでカメラを構えていました
ずーと見上げていると、首が痛くばかりか、ちょっとフラフラしてきちゃいそうです。

……実際にフラフラしてね? 

そんな違和感を感じていました。




で、ついに姿を現したのが、大劇場

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デカいです。デカすぎます。
収容人数に25000人という超大型施設。
しかも、現在でも時々使われているという現役選手。
日本武道館が14400人とちょっと位ですから、どんだけの規模かと思っちゃいます。
そして、その大劇場から港へと続く道が、アルカディア大通りです。

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……コミケ参加者の性質でしょうか…
ふと、コミケ会場にビックサイト東口から入る際、歩道橋の上で、振り返ったみたいな気分になりました。

その後は、ちょっと距離があるのでバスで移動。
アルテミス神殿跡地という、心惹かれる名前の場所へ向かいました。
アルテミスですよ、アルテミスっ!!
月の女神の神殿ですよっ!!


……
…………

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………なんか、本気で"跡地"です。


湿地と化した窪んだ土地に、発掘された大きな柱が一本たっているだけ。
柱のてっぺんのコウノトリの巣が、更に時代の流れを感じてしまいます。

何この興者必衰の理。気が遠くなってくるんだけど……

…正直、遠くの丘の上に見える、オスマントルコ時代のお城の方まで、行ってみたい気になってしまってます。
皆さん、そんなちょっとした不完全燃焼からか、バスツアーメンバー総出で、付近にいたクジャクやアヒルの群れを追いまわして、戯れだしちゃいました。
もちろんライ麦狼も、追いかけまわしてました。

その時ふと気づく違和感……もしかして、本当に気が遠くなってない

そのまま不完全燃焼が拭いきれないままバスで長距離移動。
やばいなぁ~、熊谷の人間が熱中症なんて恥ずかしいかも。
そんな無意味な見栄なんぞを抱きつつ、バスの中では、水を飲んではひと眠りするサイクルを、数回繰り返していたのですが、
 
……何か、トイレもやばくないですか!?




テーマ: 世界遺産
ジャンル: 海外情報

トロイの木馬が検知されました

DATE: 2012. 05. 26 CATEGORY: トルコ旅行
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という事でダーダネルス海峡を渡って、アジア側へ上陸。
アレキサンダー大王とかイスカンダルとかライダーとか呼ばれている人が、BC334年あたりに越境進軍したルートと同じ。ヨーロッパからアジアへ侵略ですよ~。

バスごとフェリーで渡った後は、そのままトロイアへ向けて進撃です。
そう、トロイですトロイ。
ギリシャ神話とか興味無い人でも、その名前は聞いたことがあるでしょうし、「トロイの木馬」といったら、ご使用のパソコンの中を探したら、10や20も検知出来ちゃったする、あのトロイです。
そのトロイアがかつて築かれた場所を目指して、乾いた道を進んでいきます。


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海峡の幅は対してなかったので、上陸した途端に風景がガラッと変わる…というほどのモノはありませんでしたが、なんとなく町や周囲の雰囲気はちょっと変わってました。
ヨーロッパ側は、海と山や丘陵地域が近い気がしましたが、アジア側は乾いた田園地域が、平らに続いている感じです。町の色彩も、ちょっと地味になっていた気もします。




上陸してから少し走って、伝説の古代遺跡に到着です。

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到着早々、トロイの木馬が検知されました。

割とでかいです。中に人が入ることのできる構造(そうでなきゃ、トロイの木馬の意味がない)で、人との対比をしていただければ、その大きさを実感して頂けると思います。

………もちろん出土品でも、それを修復したモノでもございません。
こんな木製構造物が、3000年以上もも残る筈もなく、イメージで再現したモニュメントです、はい。
ちなみに映画トロイで使われたセットは別の場所にあるとのことです。


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今回のトルコツアー全般でガイドしてくださったガイドのメティンさんに、遺跡の説明を受けている所です。
トロイに限らず、遺跡や歴史に関わる場所は、見学前の事前情報と、ある程度の知識は必要ですの。それは歴女のたしなみでしてよ。
…と言っても、ライ麦狼も配偶者の人も、事前情報は怪しいレベル。…ガイドブックはさらっと読んではいましたが、トロイア戦争というと、神話と歴史と和製ファンタジーがどっちゃり混ざったチャンプルー状態
メティンさんの解説に、「え、そうだったの!?」と反応していました。



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写真でも解るとおり、"遺跡"であり、かつて都市があった名残が広がっています。
真新しい手すりや木道、観光客が歩きやすいように整備された部分も多いですが、滅んだ街の残証が横たわっているだけ。美術的な遺物も見当たらず、古い石垣が迷路の様に取り囲んでいます。
それでも、メティンさんの案内や事前情報のおかげで、色々と楽しめますよ。

ここがかつては海に面した港町だったとか、トロイアは海運の起点でもあり、海賊行為や海軍の拠点でもあったとか、ギリシャ神話のトロイア戦争はNTR的な憎愛劇ではありますが、歴史上の戦争の発端は、地域の制海権を制圧するための口実っぽいとか、

因みに、神話のトロイア戦争の流れはこんな感じ。

この戦の起因は、『キュプリア』に詳しい。大神ゼウスは、増え過ぎた人口を調節するためにテミス(秩序の女神)と試案を重ね、遂に大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意を固めた。

オリンポスでは人間の子ペーレウスとティーターン族の娘テティスの婚儀が行われていたが、エリス(争いの女神)のみはこの饗宴に招待されず、怒った彼女は、最も美しい女神へ捧げると叫んで、ヘスペリデス(不死の庭園)の黄金の林檎を神々の座へ投げ入れた。この供物をめぐって、殊にヘーラー、アテーナー、アプロディーテーの三女神による激しい対立が起り、ゼウスはこの林檎が誰にふさわしいかをトロイアの王子パリスにゆだねた(パリスの審判)。

三女神はそれぞれが最も美しい装いを凝らしてパリスの前に立ったが、なおかつ、ヘーラーは世界を支配する力を、アテーナーはいかなる戦争にも勝利を得る力を、アプロディーテーは最も美しい美女を、それぞれ与える約束を行った。パリスはその若さによって富と権力を措いて愛を選び、アプロディーテーの誘いによってスパルタ王メネラーオスの妃ヘレネーを奪い去った。パリスの妹でトロイアの王女カッサンドラーのみはこの事件が国を滅ぼすことになると予言したが、アポローンの呪いによって聞き入れられなかった。

メネラーオスは、兄でミュケーナイの王であるアガメムノーンにその事件を告げ、かつオデュッセウスとともにトロイアに赴いてヘレネーの引き渡しを求めた。しかし、パリスはこれを断固拒否したため、アガメムノーン、メネラーオス、オデュッセウスはヘレネー奪還とトロイア懲罰の遠征軍を組織した。

この戦争では神々も両派に分かれ、ヘーラー、アテーナー、ポセイドーンがギリシア側に、アポローン、アルテミス、アレース、アプロディーテーがトロイア側に味方した。



何か思いっきり、戦勝国ギリシャ側のイメージ戦略効いてる感じです。
性格の悪いゼウスが何か企んでいて、人間の醜い部分を強調した上に、NTRな展開発生。…しかも神々も二分しやったよ、というオマケつき。
じゃあ戦争しかけてもしょうがないよね…そんな事を言いたかったのでしょうか…
当時のギリシャはよっぽどトロイアに攻め込んで、制海権を確保したかったのか、…そんな事をされちゃうほど、トロイアが海賊行為を頑張っちゃったのか……、3000年から4000年前の時代に、ホントよくやりますよ。


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気分としては、ファンタジーRPGで、ちょっとだけ経験を積んだ冒険者がいくダンジョンの様な雰囲気です。
昼間の観光でしたが、夜に月明かりで迷い込むのも、オツかもしれませんね。


遺跡周囲はホントに平ら土地で、強い風が吹き抜けてゆきます。
それはトロイアのある場所は、かつて河口だったかららしいんです。
そして、かつてのトロイアが、長い年月をかけて荒廃と再建を繰り返したのも、絶対的なトドメをさしたのも、その河口という立地条件でした。


もともとトロイアは大きな河の河口に築かれて、水利にも海運にも防衛にも便利な場所。
そんな便利な場所なので、紀元前3000年ぐらいからもう集落が作られていたとか。
しかし、便利な河口にはゆっくりと土砂が堆積。
始めのうちは遠浅の海程度だったものが、どんどん汽水・淡水化、干潟や湿地に変わっていってしまいます。
最初のトロイアから、1000~2000年も時代が流れているんです。海流や気候変動だってあったのでしょう。
トロイアの最後の頃には、もう街を支えた海運なんて不可能なほど、港は土砂に飲み込まれ、湿地では蚊が媒介するマラリアが蔓延。
住民は街を放棄して立ち去ってしまったそうです。

冒頭のアレキサンダーの時代には、もう既に完全な古代遺跡。
土砂に埋もれた石垣の基礎と、さら拡大した湿地とマラリア。アレキサンダー大王もこの地を視察したそうですが、流石にこりゃムリだ…と、古代の神話や伝承になぞらえ、この地に街を作るなんて事はしなかったとの事。

…どんだけ荒廃してたんだよトロイア……

さらに言うと、その荒廃具合を調べる事さえ、今では難しくなっています。
この遺跡の発見者として、考古学に名を刻んでいるシェリーマン。
確かに発掘・発見したのは間違いではないのですが、実は発掘がむちゃくちゃ乱雑。
時代ごとに積み重なった多層構造のトロイアの遺跡を、随分と破壊してくれちゃいました。
表層近いあたりしい時代の層を破壊しくさって、目的のトロイア戦争の時代よりも、古い時代の遺跡を見つけやがったのです。
…当時は考古学自体が、まだまだしっかりとした技術や技法がなかったので、仕方ないとは言えば仕方ないですが、
…何度も滅んだ上に、遺跡発掘の段階でも異邦人に破壊され、現在トルコ政府により修復・再発掘中…、

…いったい何回、破壊と再生を繰り返す気だよこの街…


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テーマ: 海外旅行記
ジャンル: 旅行

アジア側へ進軍です

DATE: 2012. 04. 28 CATEGORY: トルコ旅行
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という事で、バスツアーは続きます。
この日は朝にイスタンブールを出て、マルマラ海沿いに西へと進んでいきます。
地理的には、隣国のギリシャやブルガリアまで、あと50kmくらいという、本当にトルコの西端の方まで、ぐるっと回り込みます。
途中の海沿いには別荘地もあって、そことイスタンブールの中間くらいには、ダチョウやラクダを飼ているドライブインもあったりします。
日本でも地方に行くと、イノシシやクジャクを飼ってるドライブインなどが、昔はあったりしましたが、雰囲気も取り扱う品々もそんな感じです。

季節は夏で別荘地。しかも丁度夏休みに入ったばかりというタイミング。
別荘地付近の道沿いには、こーんな人たちが多数歩いていました。


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歩きながらのパンの路上販売です。
売っているパンは、ゴマのたっぷりと入ったパンで、トルコでは極々一般的なパンだと思います。
何所のホテルの朝食バイキングでも、このタイプのパンはお見かけしましたし、味もいたってシンプル。ゴマの食感と風味とほのかな甘み、焼き上げる前に表面に塗られたとみらりる脂分、主食としてもおやつとしても行ける、にくいヤツです。…率先してウマいと表現はしませんが。
言っときますが、別にこの人だけが、特別このスタイルで販売しているのではなく、何人もの人がこのスタイルで販売していましたし、外国人にたかる様なモノでは決してありません。
ふつーに地元…というか、トルコ人に販売していましたし、学生のバイトと思われる人はサボって、日陰で休んでいました。
日本でも似たような光景が、海水浴場近くでは見かけられるのかな~? と思ってしまう光景でした

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↑の様な標識まであって、本当に海水浴場ちっくな雰囲気がただよっています。


そんな別荘地・海水浴場を通り過ぎ、さらにマルマラ海沿いに進むと、ゲリボル(Gelibolu)という、マルマラ海とエーゲ海をつなぐダーダネルス海峡(Dardanelles)にある町が見えてきます。

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割と小さな町なのですが、活気もあふれて風も気持ちい港町です。
海峡を挟んだアジア側とこちらヨーロッパ側を結ぶフェリーの発着場で、港近くの道は車や人が沢山行きかっていました。
港に浮かぶ船はフェリーを除けば大半は小さな船で、凪いだ水面に並んで昼寝でもしている様なのんびり感。まぶしい日差しと気持ちい海風。イスタンブールと違った街並みは、色彩鮮やかで木々も緑に茂っている。
このまま木陰でのんびりするか、周囲の散策がしたい気分になっちゃいます。
…特に、丘の上に建つ横に長い建物が気になっていました。

しかしそこはツアー旅行。丁度お昼時という事で、予約済みのレストランで手早くお昼を食べて、早々にフェリーに乗る予定。

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メニューは、…え~と、サバとサラダとチキンスープ、それにキョフテと、そんな感じだったと思います。
印象に残っているのは、エフェスビールと甘くないヨーグルトドリンク。
エフェスビールは…実はビールの苦手なライ麦狼からすると、スーパードライっぽい味…と大雑把に表現したくなる味とのど越しで、熱い国のビールって味がしました。
ヨーグルトドリンクの方は、サラサラとしいるのでお食事でも、牛乳感覚でゴクゴクいけちゃいます。インド料理なんかで見かけるヨーグルトドリンクとは違い、エスニック感はまったくないです。ちょっと移動したらブルガリアって土地なのだと感じたのです。



食後フェリー乗り場で見かけたのは、こんなモノ。

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トルコの新婚旅行中の車と、茹でトウモロコシ屋の屋台です。

トルコでは、結婚式を挙げたカップルが、こんな飾り付けの車に乗って、式の直後から新婚旅行に旅立つそうです。
…日本でも、空き缶引っ張ってる「道交法に違反してるんじゃないの、それ?」 という車がドラマの中や、血迷った結婚式場のオプションに残っていたりしますが、トルコのこの飾り付け、かなりの頻度で見かけました。
トルコの新婚旅行全部がこんな飾り付けをする訳ではないのでしょうが、この時じゃなくても旅行中、トルコ各地で目撃しています。
かなりの確率で、新婚カップルはこんな飾り付けで旅をしていますよ、きっと。

で、右のトウモロコシですが……このときは時間もなく食べることが出来ませんでした。
まぁ、その後食べる機会が訪れるのですが…それはまた別の話で…



そしていよいよフェリーに乗り込み出向です。

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とにかく風が気持ち良くて日差しが濃密なんですよ。
まさに夏の海って感じです。
フェリーに乗っている人たちは様々で、露出度高い格好の白人ねーちゃんを始めとする外国人観光客だけでなく、地元の人っぽい人や、トラックなど物流関係の人もお見かけします。
ただのバス旅行や町の散策では、ちょっと接点の無い人たちとも、接近できる状況だったのかもしれません。

ちなみこの海峡、トロイア戦争やペルシア帝国の侵攻、アレキサンダーの遠征など、神話や歴史の舞台にも描かれる地勢的な要所で、第一次対戦でも激戦地になったとか。
けれど今現在、ほんとうに気持ちいの良い風が吹くだけの、のんびりとしたばしょになっています。


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テーマ: 海外旅行記
ジャンル: 旅行

トルコをぐるり。バスツアー開始。

DATE: 2011. 07. 09 CATEGORY: トルコ旅行
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と言う訳で、トルコ旅行2日目です。
この日からトルコの西半分をぐるりと回るバスツアーが始まります。
バスのサイズは割と小さ目。マイクロバスよりは大きいですが、30人も乗ったらぎゅうぎゅうな大きさ。そんなチビっこいバスで、約15人が6日間の旅を共にする訳です。
ツアーメンバーには、いろんな人がいらっしゃいました。休職中に一人旅をする男性、きゃぴきゃびはしゃぐ看護師3人組、ちょっと謎でハイソな海外旅行慣れしているプチ熟女、妙にプロ仕様の一眼レフ…それもアナログフィルムのカメラを使うOLさん、ギャルっぽい格好の割に礼儀正しい女の子。
何やら2時間ドラマ的なイベントでも起きそうなメンバーが多めでしたが、一番の違和感というか異彩を放っていたのは、ライ麦狼&配偶者の人でしょうか?
バスの最後部座席を陣取ってた上に、他の人たちと宿泊先のホテルの別という、何かトリックのポイントになりそうな立ち位置でした。


ではでは出発です、バスはイスタンブールを走り抜けて、西へと向かってゆきます。

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「トルコ」や「イスタンブール」と聴くと、ゴミゴミした古めかしい街を連想しますが、旧市街・新市街など古くからの街並みを抜けると、ビルが立ち並ぶ光景が広がっています。
それでもやっぱり日本とは違います。外壁の色彩はもちろん、屋上部分の構造が、ちゃんと屋根のようにななめになっているんです。色も特徴的なレンガ色の瓦になっていて、平面と灰色ばかりの日本のビルとは、形も色も違います。
郊外の住宅地になっても、瓦の色はどのご家庭も同じに統一されていてるのには、ちょっと驚きました。







市街地を抜け、住宅地に差し掛かると…すぐにこんな光景に早変わり、

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広いです。とにかく広いです。
イスタンブールの市街地。観光客がうろうろする様な場所から、ほんの20~30分ばかりバスが走ると、とたんに広々とした世界が広がります。


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ずっと広がっているのは農地。畑です。
植わっているものは、ジャガイモ・トウモロコシ・小麦・ヒマワリと、色々な作物が作られています。
因みにトルコで一般的に使われる食用油は、地域によって違うそうです。
イスタンブールなど西部はヒマワリ油。
地中海・エーゲ海に面している地域では、オリーブ油が主流。
酪農が盛んな東部は、当然豚のラードや牛や羊のバターが多く使用。
黒海に面しているやや冷涼に地域は、菜種などやっぱり別の油が多いとの事。
油ひとつでも、国土がどんだけ広いのか実感できるキーワードでございます。

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にしても、農地が広いです。
季節は夏で、少し乾いていましたが、何所か夏の北海道を連想する景色が、遠くまで広がっていました。
日本で農業の大規模化をしよう…とか耳にしますが、基本サイズが違い過ぎる気がします。
日本で言う大規模農業って、実は他の国では普通サイズなんじゃなかろうか? なんて思ったり。
あと気になったのは、畑の中に樹が生えていたりするんですよね。
畑の境目に樹を植えるのは日本でも見かけますが、境目ではなく真ん中というか、普通に耕作地に樹がぴょこっと残してあるんです。
若木だけでなく、豊作の年も凶作の年も何十年にわたり畑を見守ってきたような、けっこう大振りの樹まで生えている畑もあります。
畝やらトラクターの後やらを見る限り、わざわざ樹の回りを円形に畝を作ったり、ぐるり迂回する模様で種まきしているんです。
「何で? どうみても邪魔でしょあれ」
と思ってしまう光景ですが、とても牧歌的でのんびりとした気分にさせてくれる景色です。

もしかしたら、樹が生えていることで鳥がやってきて、畑の害虫を食べてくれるのかも…なんて、夢想してしまいますね。



更にしばらく走ると、遠くに海が見えてきます。
マルマラ海…大理石の海という名前の海が、見えてきました。
何でも大昔、この海に面したとある場所に、大理石の一大産地があったそうで、だからマルマラ海と呼ばれるそうです

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目を凝らすと、海の手前の住宅地。何やら日本では見かけないモノが見えています
そうモスクです。
こんな郊外の新興住宅地でも、ご町内に一つという感覚で、必ずモスクが完備されているご様子です。
なおこのモスク。郊外に新しく建てられたモスクでは、きらきら光る金属製のドームを使用した、いまどきのモスクも多くみかけましたよ。
遠くからでも解るくらい、太陽の光を反射させて、灯台のように、これでもかと存在感を強調させていました。
クラシカルなドーム良いですが、金属ドームもあれはあれで味があります。ライ麦狼は好きですね。

テーマ: 海外旅行
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